国際空港のウイスキー市場【後半/全2回】

November 20, 2015

もはや特別に安価ともいえない国際空港でのウイスキー市場が、今でも成長を続けているのはなぜか。各社の取り組みから、この特殊な部門に特有な消費者動向が見えてくる。

文:ジョー・ベイツ
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安値や値引率がかつての免税店の合言葉なら、現代のトラベル・リテールのキーワードは「プレミアム化」と「限定販売」だ。ターゲットは、中国やインドなどの新興国から初めて外国を訪れる、資金潤沢な何十万人もの熱心な旅行者たちだ。主要な免税店では驚くような価格のビンテージモルトや超デラックスなブレンデッドウイスキーを目にすることも珍しくはない。

たとえばシンガポール・チャンギ国際空港で限定販売された「グレンフィディック・レジデンス・カスク・ビンテージ 1992」は、単一のバーボン樽で熟成された200本の限定品で、2,100シンガポールドル(約18万円)の値がついていた。またドバイ国際空港では、世界限定発売の「シーバスリーガル・ザ・アイコン」が3,500ドル(約42万円)で発売済み。すでに閉鎖された蒸溜所の原酒を含む20種類のウイスキーをブレンドし、ダーティントンのクリスタルデキャンタに入れられたものである。

免税品イコール割安という伝統的な図式は崩れている。実際のところ、インド、ブラジル、スカンジナビアなどの高い消費税を課している市場を除けば、わざわざ苦労して空港で買い求めるほどの割引はスピリッツの免税価格に対して適用されていない。

それでは、トラベル・リテールがウイスキーファンに提供できる価値はどこにあるのだろう。その答えは、たくさんの限定品だ。ブレンデッドなら「シーバス・ブラザーズ・ブレンド」や「ジョニーウォーカー・エクスプローラーズ:クラブ・コレクション」。さらには近年になって空港の棚を賑わせている限定シングルモルトが挙げられる。

ここ数年で登場した多くの限定品は、蒸溜所の原酒不足を反映したNAS(年数表示なし)の商品だった。この流れにひとり逆らっているのが、シングルモルトの世界では新参の部類に属するバカルディだ。過去2年、5つの蒸溜所から年数を明示した限定商品を次々にリリースしてきた。クレイゲラヒ19年、アバフェルディ18年、ロイヤルブラックラ35年、オルトモア21年、グレンデブロン16年・20年・30年、デュワーズ15年という内容である。バカルディでグローバルマーケティングマネージャーを務めるリチャード・カスバート氏は語る。

「長年の実績から、トラベル・リテールにおいて年数表示は重要かつ基本的なセールスポイントになります。一般のお客様にとって、スコッチウイスキー選びは敷居が高いもの。ただひとつ誰にでもわかる情報が年数表示なんです。プレミアムスコッチ部門から一斉に年数表示が消えたら、買い物客はスコッチ売り場からいなくなってしまうでしょう」

おすすめの空港2:ロンドン・ヒースロー空港 1992に開店した「ワールド・オブ・ウイスキーズ」は空港の店舗としては世界初のウイスキー専門店。ヒースロー空港の全4ターミナルに店舗を持ち、約350種類のモルトを揃えて限定ボトリングにも特に力を入れている。トラベル・リテーラーとしては珍しくウェブサイトも運営中(www.worldofwhiskies.com)。

バカルディのターゲットはいわゆる「高級品ショッパー第2階層」という層で、有名なイメージ先行のウイスキーよりも、興味深いストーリーがあるより珍しいブランドを発見したがるタイプの旅行者を指す。バカルディは劇場型のサンプリングイベントをいくつかの飛行場で開催し、ブランドのストーリーを消費者に植え付けようと努力を続けていいる。

またジョン・デュワー&サンズは、高級ウイスキーショップをパリのシャルルドゴール空港とオルリー空港、台北の桃園国際空港に開設し、今後も上海浦東、北京、ベイルート、クアラルンプール、ドバイなどの空港にも展開予定である。一方、南アフリカのディステルも、 2013年にバーンスチュワート社を買収したのを機に国際空港市場への進出に意欲を示している。専用のラベルデザインをあしらったブラックボトルや、傘下に修めたブナハーブンやレダイグなどのシングルモルトを売り出すべく、いくつかの国際空港でテイスティングイベントを開催中だ。

 

しのぎを削る免税店グループ

 

免税店のトップ企業は、フランスの高級品グループLVMHの販売部門であるDFSグループ。LVMHはグレンモーレンジィとアードベッグのほかにコニャックのヘネシーとシャンパンのモエ・シャンドンを傘下に収めている。DFSグループは香港、シンガポール、バリなどの主要空港で展開しているほか、ロスアンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨークJFKなどの空港にも店舗を持っている。

おすすめの空港3:ドバイ国際空港 今や世界一忙しい国際空港となったドバイ国際空港。ウイスキーファンには、ターミナル3にある高級ワインとスピリッツの販売店「ル・クロ」がおすすめだ。珍しいスコッチモルト、ジャパニーズウイスキー、バーボンを豊富に取り揃えている。デリバリーの相談、オンラインや電話での予約注文、無料のボトル刻印、樽から直接コンパスボックスのウイスキーを瓶詰めできる店内ボトリングなどのサービスも充実している。


DFSグループの後を追うのがスイスの多国籍企業デュフリーだ。もともとは中南米やロシアなどの新興国市場に力を入れてきたが、昨年ライバルのニュアンスグループを1億ポンド(約180億円)で買収し、シンガポール、ムンバイ、香港、トロントなどの空港に手を広げた。もうひとつのライバルであるWDFG(ワールド・デューティー・フリー・グループ)を1.7億英ポンド(約308億円)で買収する計画が成功すれば、世界のトラベル・リテールのシェア25%を有するトップグループになる。

何百という世界の免税店で、どんなウイスキーを販売するのかはブランドにとって思案のしどころだ。統合が進んで市場参入の障壁が上がっているため、多くの免税店ではウイスキーの品目数には限りがある。最近の調査によると、免税店で世界一の売り上げを誇るジョニーウォーカーは、すべてのウイスキーの売り上げの3割にも迫るシェアを獲得している。

小さなブランドが、この市場に割って入るのは明らかに難しい。ビッグブランドの寡占に対してバランスをとる要素といえば、各空港の地域性を意識した商品を考慮することだろう。台北の桃園国際空港ではカヴァランを、ストックホルムのアーランダ空港ではマクミラを、メルボルン国際空港ではヘリヤーズロードを、ブリュッセル空港ではオウルを売り出すことになる。

スマートフォンでかんたんにウイスキーを配達してもらえる現代。ただでさえ大きな荷物を引きずる旅行者が、わざわざ空港で重いボトルを購入するためには特別な理由がどんどん必要になってくる。多彩なバラエティや価格の透明性はもちろん、空港限定の特別商品を増やし、オンラインでの事前予約や自宅への宅配サービスも進化するはずだ。海外旅行の際には、今後も空港のウイスキー棚に注目である。

 
 

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