未来を切り開くデンマーク産ウイスキー【後半/全2回】

June 10, 2016

デンマークで徐々に隆盛しつつあるウイスキーづくり。前回のスタウニングとファリーロカンに引き続き、氷河の氷と美しい古城でウイスキーをつくるブラウンスタインの取り組みをご紹介。

文:ハンス・オフリンガ

 

ポットスチルとコラムスチルの複合型スチルで、さまざまなスピリッツをつくるブラウンスタイン。ウイスキーの生産量は年間15,000本ほどだ。

トーブヘレネでは、デンマークウイスキーのファンたちと楽しい夜を過ごした。会場はヴァイレ中心部にある素晴らしいホテルで、そこのホテルバーがスコッチモルトウイスキーソサイエティのデンマーク支部になっていた。

翌日はヴァイレから西へ。デンマークの首都コペンハーゲンから南に車で45分ほどの美しい古都キューエに入る。この町にあるウイスキー蒸溜所が、ブラウンスタイン・ブリュワリー&ディスティラリーだ。同社はクラウス・ポールセンとミケール・ポールセンの兄弟によって2004年に設立された。

古い港のそばにある施設に着くと、セールスとマーケティングを担当しているミケールがあたたかく出迎えてくれた。美しいテイスティングルームに腰を落ち着けると、ミケールがブラウンスタインの成り立ちについて説明を始めた。

曽祖父が設立した鉄骨製作工場の跡取りとして育ったポールセン兄弟のもとに、2000年頃「断ることができないオファー」が届く。競合する大手企業に家業が買収され、兄弟は突然まとまった資金を手にする。起業家の血を引く2人は、今こそ新しい挑戦のときだと考え、ウイスキー蒸溜を始めるために古い港にあった穀物倉庫跡を購入した。

兄弟にとって、ウイスキーは決して異国の存在ではなかった。父も祖父もスコットランドに造詣が深く、よく兄弟が小さな頃からスコットランドに旅行をしていたのである。彼らはスペイ川で鮭釣りをし、有名なクライゲラヒーホテルに宿泊した。父と祖父はいくつかの蒸溜所を訪ねて、ウイスキーを樽ごと購入していた。この慣わしは2010年まで続いたのだという。

ミケールが会社の頭脳なら、クラウスは嗅覚である。兄弟はすぐに穀物倉庫跡で蒸溜所を設立したかったが、デンマーク政府がライセンスを発行してくれなかった。兄弟は方針を変更して、小さなビール醸造所用に書類を書き換え、首尾よく2004年から生産を開始。そこから1年をかけて取得済みのライセンスがウイスキー蒸溜も含められるよう政府と交渉した。つまり公式なブラウンスタイン・ウイスキー蒸溜所の設立は2005年ということになる。

現在の従業員は8人。全員が複数の業務を担当しながら、同じ賃金で働いている。我々が訪問した2015年の段階で、すでに12,000人のウイスキーファンがブラウンスタインを訪問済みだった。蒸溜は週6日、朝4時〜夕方6時におこなわれている。ブラウンスタインは、ウイスキーの他にジン、ウォッカ、アクアヴィットを蒸溜している。そしてもちろんビールもある。同日に試飲したビールは、非常に風味豊かで美味しかった。

 

兄弟が拡大するベンチャービジネス

 

古城の敷地内にあるブラウンスタインの貯蔵庫。小型の樽に詰めて熟成され、ベンチャーながら王太子からの出資も受けている。

ブラウンスタインは、ユトランドで製麦された大麦からノンピーテッド・ウイスキーを生産している。その一方で、ピーテッド・ウイスキーは少々変わったルートをたどって入手する。デンマーク産の大麦をアイラ島のポートエレンに運び、ピートの煙で製麦と乾燥を済ませてから再びキューエに送り返すのだ。蒸溜設備はポットスチルとコラムスチルの組み合わせによって成り立っており、1バッチ1,250Lを生産できる。そして第3のウイスキーは、やや変わり種の「ダニッシュコーンウイスキー」だ。デンマーク産のトウモロコシから年間約5,000Lを生産する。年間総生産量はスピリッツ全体で約80,000L。そのうちウイスキーは年間15,000本である。現在のところ、ブラウンスタインはデンマーク海軍の安全基準によって生産量を制限されている。蒸溜所がある場所が、軍事的に重要な港だからだ。

発酵時間はおよそ80時間で、2種類の酵母菌株が使用される。アメリカと同様に、酵母菌株はブリュワリーからいつも生きたものが手に入る。2種類の酵母菌株は、それぞれピーテッドウイスキーとノンピーテッドウイスキーに使い分けられる。

ブラウンスタインは、蒸溜所の敷地内で貯蔵をおこなわない。貯蔵庫はデンマーク各地に散らばっており、多くが古城の敷地内にある。ミケールによると、そのような不動産物件のオーナーが、安価で長期の賃貸に応じてくれるのだという。ハムレットの舞台であるヘルシンゲルのクロンボー城でも、ブラウンスタインのカスクが眠っている。そのような話を聞くと、フレデリク王太子がブラウンスタインの出資者であるという事実に驚きは感じない。

我々が訪問した時点で、60万Lのブラウンスタイン・ウイスキーがデンマーク各地の貯蔵庫で熟成中だった。カスクは主にバーボンバレルとシェリーバットであり、小規模ながらラムカスクも使用している。ミケールが笑いながら説明したところによると、彼らはまずカリブ海のアメリカ領ヴァージン諸島にあるセントクロイ島でラムを樽ごと買い、中身のラムはスウェーデン人に売って、空いた樽に自分たちのスピリッツを詰めるのだという。兄弟は200L樽で最低5年間熟成したウイスキーを、年間100~150樽のスモールカスクに入れ替える。ウイスキーファンはこのカスクを買って貯蔵地を選び、ボトリングのタイミングも決められる。

オフィシャルのボトリングである「ライブラリー・エディション」については、ミケールとクラウスが2人でボトリングのタイミングを決める。すべてのバッチが、先行の他バッチと異なる。ほとんどのウイスキーは度数約46%でボトリングされ、グリーンランドの氷河から得られる特別な水を加えて調整される。この取水地は、ブラウンスタインが旧魚肉加工工場から25年契約で借りているもの。氷河から自然に削り落とされた巨大な氷を800kgのブロックごとに分け、溶かして濾過をほどこし、25,000Lのコンテナに詰め込んで6週間おきにデンマークまでロイヤルグリーンランドシッピングカンパニーが船で輸送する。このような特別なウイスキー体験を拒む手はない。キューエから車で5分のヴァロ城で、テイスティングを楽しむことにした。

ミケールの楽しい話を聞きながら、何時間も過ごして蒸溜所を後にする。手土産にはブラウンスタインの哲学と見事な写真が掲載された美しい本をいただいた。ウイスキー評論家のチャールズ・マクリーンがデンマーク語で前書きを寄せている。

ブラウンスタインのウイスキー哲学は極めて単純明快だ。「ウイスキーは万人のもの」。ウイスキーは、それぞれの人が思い思いに楽しむものであり、ブラウンスタインのウイスキーが好みではない人がいても一向にかまわないとポールセン兄弟はいう。彼らは独自のダニッシュウイスキーをつくり、一度でもいいから味わってもらえたら満足なのだ。

好きでも好きじゃなくてもかまわない。兄弟はそう言ったが、私たちはウイスキーの味わいに大満足だった。

 

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