精溜器のはたらき

May 31, 2017

ポットスチルからライパイプに送り込まれる蒸気を冷やすことで、風味成分の構成に影響を与える精溜器。あまり知られていないそのはたらきを、スコッチ界きっての理論派イアン・ウイズニウスキが解説する。

文:イアン・ウイズニウスキ

 

ポットスチルのサイズや形状がウイスキーの風味に与える影響は、頻繁に議論の対象となる。だがさらに研究を深めると、ニューメイクスピリッツの特徴に影響を与える細かい条件は他にもたくさんあるものだ。精溜器(ピューリファイア)もそのひとつである。実のところ、精溜器が話題にのぼることは最近めったにないが、それはある意味で当然のことでもある。なぜなら精溜器自体がすでに希少な存在だからだ。

精溜器はライパイプ(ラインアームとも呼ばれる)の中ほどに取り付けられる円筒形の導管だ。銅製で、大きさはだいたい直径1メートル、長さ1.5メートルほどである。

アルコールを含んだ蒸気が精溜器内に進入するのは、ライパイプの中ほど(前半でも後半でもなく)である。精溜器内の温度は、そこに至るライパイプよりもいくぶん低く、ポットチルのネック内部よりは明らかに低温である。蒸溜設備を導入する際、オプションのアクセサリーとして精溜器を追加する意義は、まさにこの低温環境を作り出すことにある。ザ・グレンリベット(シーバス・ブラザーズ)のマスターディスティラー、アラン・ウィンチェスター氏が説明する。

「スキャパ蒸溜所とトーモア蒸溜所で使用されている精溜器は、銅製の冷却板といっしょに取り付けられています。この銅板は、精溜器の表面の約3分の2を占める大きさです。精溜器に進入した蒸気は、この冷却板にぶつかると精溜器の底の方へと下降させられます。そこでいったん温度を下げられてから、精溜器の最上部まで上昇してライパイプへと戻ります。つまり冷却板を使用するとこで、蒸気は精溜器内の温度差に晒されることになるのです」

 

温度調節器としての機能

 
精溜器はより積極的に「温度調節器」の役割を果たす場合もある。例えばグレングラントでは、精溜器最上部にあるドーム状の密閉空間に冷水(室温)が流し込まれている。これが精溜器の表面を冷やし、同時にアルコール蒸気が直接触れる精溜器の内壁面の温度も下げることになる。

程度に関わらず、温度が変化すると精溜器内の蒸気は必ず大きな影響を受ける。ウイスキーの蒸溜プロセスにおいては、あらゆる温度の変化がニューメイクの品質に影響する。

例えば、蒸溜を開始する時点でチャージ(蒸溜される液体)を熱すると、まだ温度が低いうちからエステル(フルーツ香)などの軽やかな風味成分が蒸発を始める。なぜならこれらの成分が、物理的に軽量であるからだ。蒸溜が進むに連れて温度が上がると、ようやく物理的に重いリッチな風味成分(穀物風味など)が蒸発を始めるのである。

蒸気がポットスチルのネックを上昇し、ライパイプへと進むにつれて、徐々に低温との接触が起こるようになる(ネックやライパイプが長ければ長いほど温度は下がる)。その結果、温度が低すぎて蒸気の状態でいられなくなったリッチな風味成分が再び液化し、スチルのネックを伝って元の場所に流れ落ちる。すなわち精溜器(精溜器がない場合はコンデンサー)に到着できる蒸気には、軽やかな風味成分が多く含まれているということになる。

精溜器内で蒸気が冷やされているときでも、軽やかな風味成分が蒸気の状態を保てる程度の温度を維持している場合は、これらの成分が精溜器を抜け出してコンデンサーへ向かうことになる。だが温度が下がったことで飽和してしまったリッチな風味成分は、液化して精溜器内に流れ出す。その先には「戻り配管」がなされており、スタート地点であるポットスチルの釜に戻されることになる。

この仕組みについて、ポットスチルの製造で知られるフォーサイス社会長のリチャード・フォーサイス氏が語る。

「この戻り配管は、ポットスチルの釜とネックの間にある肩の部分につながっています。そこから液体は内部のパイプを通って釜に戻り、残存液と一緒に再び蒸留工程を繰り返すのです」

 

精溜器が生み出すフレーバーの特性

 

19世紀より精溜器を採用しているグレングラント蒸溜所。スキャパ蒸溜所(表題写真)やアードベッグ蒸溜所など、精溜器を取り付けた蒸溜設備は少数派だが、その影響は酒質にはっきりと現れている。

つまるところ、精溜器はウイスキーにどんな影響を与えるのだろうか。グレングラントのマスターディスティラーを務めるデニス・マルコム氏が疑問に答える。

「グレン・グラントに精溜器が設置されたのは、1870年代後半のことです。設置したのは、創業者の息子にあたるジェームズ・グラントでした。当時はもちろん、精溜器が引き起こす違いを定量的に評価することはできません。それでも精溜器は明確な違いをもたらし、グレングラントの酒質をよりエレガントにして、フルーツ香が際立った風味に変えてくれたのです」

アードベッグの蒸溜所長を務めるミッキー・ヘッズ氏も別の観点から説明を加える。

「精溜器はニューメイク中のフルーツ香と甘味のレベルを増加させます。これがフェノール系の風味とのバランスをとって、ウイスキーの複雑さを深めてくれるのです」

それでも現状を見ると、精溜器を採用している蒸溜所は依然として少数派だ。リチャード・フォーサイス氏が語る。

「フォーサイス社に新しい蒸溜所の設計を依頼するクライアントは、精溜器が必要かどうかをよく訊ねてきます。でも実際に採用する例は数えるほどですね」

精溜器を設置することで、アルコール蒸気が銅に触れる機会も増える。そして銅に触れれば触れるほど、出来上がるスピリッツはエレガントになる。逆に銅との接触が少ないほどフルボディのスピリッツになる。これは銅と蒸気が接触するたびにさまざまな反応が起こるからだ。

例えば、銅は硫黄成分を蒸気から吸収する。硫黄はゴムや肉や野菜のような風味のもとになり、主張が強いためにほんの少量でも他の風味要素を覆い隠してしまいがちだ。すなわち硫黄成分のレベルを下げることで、エステル(フルーツ香)や甘味などの軽やかな要素を引き出すことができるのである。

ところで、精溜器の維持管理はどのようにおこなわれるのだろうか。蒸溜所施設の包括的なメンテナンスも提供するリチャード・フォーサイス氏が語る。

「フォーサイスでは銅の厚みを毎年計測しています。ウイスキーを蒸溜していると、銅板は自然に薄くなります。納品時には4mmだった厚みが1.5mmにまで減ったら、そろそろ交換の時期ですね」

 

 

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