WMJ的酒場放浪記・12 【札幌編その1】

March 20, 2014

ウイスキーとバーの魅力をお伝えするWMJ的酒場放浪記、第12回は札幌、すすきのを往く。

札幌、すすきのが初めての人でも、このお店の場所を間違えることはないだろう。タクシーに乗っても間違いなくここに辿りつく…「ニッカの看板のビル」だ。
このビルの8階へ上ると、シックなバーがある。「Public Bar KOH」、すすきのでバーを構えて、昨年40周年を迎えたという老舗だ。

オーナーの大屋康吉さんは柔和で、まさにBar “tender”(優しさ、番人などの意)、バーの優しき守り人といった印象。札幌のバーが初めての記者にも、緊張をほぐすようニコニコと話しかけてくれる。
こちらのお店には地元札幌の方々だけではなく、全国から出張で訪れた方や余市蒸溜所見学に来た方も多いという。定休日なしで毎日営業しており、前述のとおり覚えやすい立地のため、しばらく時間をおいても「あのバーに行こう」と足を運びやすい。40年の間には、膨大な数の旅人が訪れたことだろう。余市蒸溜所見学の感動を胸に「ニッカのヒゲのおじさん(正しくはW・P・ローリー卿)」のビルのバーでウイスキーを味わう…なかなか贅沢な旅程ではないか。

大屋さんご自身もウイスキーのつくり手の情熱がお好きで、余市蒸溜所には何度となく足を運んでいる。そのたびに新しい発見があるそうだ。
「ウイスキーは人間がつくったものを風土が育て上げるものですよね。北国…スコットランドもそうですが、夏は涼しく冬は厳しい寒さに耐えてゆっくりと熟成していく。余市はそういう意味でも理想的な場所だと思いますよ。泥炭も豊富ですしね」
地元でつくられ、世界で愛されるウイスキーを誇りに思っておられるのだろう。目を細めてボトルを手に取る姿にそれが感じられる。

最初におすすめを伺い、クーパーズ・チョイスのグレンキースをいただく。オーセンティックなバーなのだがオフィシャルよりもボトラーズが多い。
理由を尋ねると、「オフィシャルは変化がないでしょう? ボトラーズの、樽ごとの個性のあるものが好きなんですよ」と大屋さん。1993ヴィンテージのグレンキースは華やかで、スペイサイドの薫りが感じられる表情豊かなウイスキーだ。

「ウイスキーを飲んでいる人には、気品が感じられますよね。これは他のお酒にはない面白い特徴ですよ」
少々気恥ずかしい気もするが、確かにウイスキーの風格は独特だ。凛として、媚びていない。
しかしその分、そのたたずまいがウイスキーを愛する人にとってはこの上なく魅力的だったりするのだ。そして一度グラスに注がれると、至福の時間を約束してくれる。その場所が素敵なバーであれば、なおのこと。喧騒を忘れ、ウイスキーに刻み込まれた時間と自然の恵みを味わう。その時の自分に気品があるかは謎だが…これからはそんなことも意識してみようか、と大屋さんの言葉を聞いてぐっと姿勢を正す。

バックバーの他に、カウンターの横の壁一面がサイドボードになって、ぎっしりといろんなものが並んでいる。
最初の棚はミニチュア、隣の棚はジャグ、そのとなりはパブミラーやユニークなスコッチのボトルなど、さすがは40年もバーを続けてこられているだけあって、古い珍しいグッズなどでいっぱいだ。しかもきちんと手入れが行き届いて、埃も曇りもない。ウイスキーのグッズやミニチュアコレクターにはたまらないだろう。中にはマッカランのこんなミニチュアまで。
夢のオモチャ箱のようで、どれほど見ていても飽きない。そのひとつひとつのコレクションを、大屋さんは手に入れた経緯や思い出話と共に見せてくれる。バックバーのボトル同様、愛情を込めて大切にされているのが伝わってくる。

最後の一杯は、ラスティネイル。ベースのウイスキーは冷凍庫で冷やしたジョニーウォーカー、このスタイルで味わうのは初めてだ。かっちりと冷えたウイスキーとドランブイは同じようなとろりとした舌触りで口の中に広がる。それからだんだんと香りが開いてきて、最後は優しく甘くなる。

ラスティネイル――直訳すると「錆びた釘」。しかし他にも、古めかしいもの、頑固親父という意味もある。
たくさんの古き佳きものに囲まれて、頑なに美味しいお酒にこだわる大屋さんの心がカクテルに映し出されているようだ。このシンプルなカクテルひとつにも、このお店のオリジナリティが凝縮している。少しずつ扉を開いて、長く深いお酒のタイムトラベルをするような不思議な感覚で満たされる。

初めて訪れた気がしない…それは北の守り人のあたたかさだろうか。

ビルの外へ出ると目の前には冬の札幌の街が広がる。しかし冷たいはずの北風も優しく感じられるほどに、心はまるくなっている。振り返ると大きな「ヒゲのおじさん」がグラスを手に微笑んでいる。その笑顔に大屋さんが重なって見えた。

 

 

Public Bar KOH

北海道札幌市中央区南四条西3丁目 すすきのビル 8F
TEL: 011-531-2801
営業時間:
[月~土] 17:00~翌1:00
[日・祝] 17:00~24:00
定休日:年末年始
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