世界が評価したディスィラリーマネージャー【後半/全2回】

April 18, 2016

質のよいウイスキーをつくり続けるには、一人ひとりの人間と向き合う日々の活動が欠かせない。数々の工場を渡り歩き、世界一のディスティラリーマネージャーとして表彰された西川浩一さん(ニッカウヰスキー北海道工場長)が理想のウイスキーづくりを語る。

文:WMJ

写真:チュ・チュンヨン

 

工場長は蒸溜所の「顔」。生産の責任者であることはもちろん、さまざまな客人を案内するのも西川浩一さんの重要な任務だ。

余市蒸溜所の顔として多忙な毎日を送る西川浩一さんは、これまでにさまざまな生産現場で研鑽を積んできた。故郷の京都大学で醗酵工学を学び、1982年にニッカ入社。グレーン蒸溜の西宮工場で7年半を過ごし、貯蔵基地の栃木工場を経て、ボトリング主体の柏工場へと異動した。ウイスキーづくりの工程をひと通り経験した後で、再び西宮工場に戻り、設備を仙台工場へ移転する難事業をやり遂げた。だがほっと一息を付く間もなく、予想外の出向が待っていた。

「現在の日田市大山町で、梅酒をつくるというミッションでした。名物の梅がある以外は、ノウハウも、設備も、免許もありません。町役場の産業振興課に、ぽつんとデスクがひとつ置かれていました(笑)」

まったくゼロから工場を建設し、1年後に梅酒を仕込むところまで漕ぎ着けるのが与えられた任務だった。町役場のデスクで工場の青写真を描き、原料の処理から瓶詰めラインに至るすべてのレイアウトを決める。必要な業者を手配し、原料も仕入れ、なんとか梅酒づくりの立ち上げに成功した。本人が語るとおり、「タフな仕事」だったのは間違いない。だが西川さんには、どこかでそんな苦労を笑い飛ばしてしまうような鷹揚さがある。

その後、初めてのモルトウイスキー蒸溜所である仙台工場で1年半務め、生産技術センターを経て、傘下のベン・ネヴィス蒸溜所へ赴任。ウイスキーの本場スコットランドで、3年半ほどカンパニーセクレタリーを務めた。

「スコットランドの人は、日本のように親会社の意見だからと全部聞き入れてくれるわけではありません。雇用も流動的で、赴任中にスタッフの3分の2くらいが入れ替わりました。小さな町だから、タクシーの運転手をやっている元スタッフに出くわしたり(笑)。文化の違いを実感した海外勤務でした」

帰国して、初めての余市蒸溜所で3年間勤務。西宮工場での2年をはさみ、2015年に工場長として余市蒸溜所に帰ってきた。それから1年を待たずして、アイコンズ・オブ・ウイスキーの「世界一のディティラリーマネージャー」に選ばれたというわけである。

「昨年は空前のウイスキーブームで、余市蒸溜所は国内外から大きな注目が集まりました。そんなタイミングもあって、長年にわたるニッカのウイスキーづくり全体を評価してくれたありがたい賞だと思っています。授賞式はスコットランド駐在時にも出席しましたが、ずいぶん部門が増えていたのが驚きでした。今回はロンドンのショップを訪問し、ジャパニーズウイスキーの豊富なラインアップを目の当たりにして人気を実感しました。台湾のカヴァランの方ともお話をして、アジアでのウイスキー文化の広がりも嬉しく思いました」
 

優れたウイスキー蒸溜所の条件とは

 

日本のウイスキー業界としては初めて「ディスティラリーマネージャー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。長年のニッカの取り組みが評価された結果であると喜んでいる。

危機に際しても長期的な視野を忘れない沈着さ。周囲の人を動かしながら、難問にじっくりと取り組む人間味。西川浩一工場長に感じるのは、そんな「ブレない男」のオーラだ。

「いろんな場所で仕事をしてきましたが、新しい環境に単身で乗り込むのは苦になりません。自分のペースを崩さず、周囲とうまくやっていけばいいだけのことですから」

余市の生活はとても気に入っている。自然が近く、食材も豊富だ。本州では見慣れない品種のフルーツを味わうのが、季節ごとの楽しみなのだという。

「秋になってだんだん色づいてくるリンゴや、ブドウのふさが大きくなる様子を観察しながら散歩します。冬の朝、足跡ひとつない新雪が蒸溜所を覆っている光景も美しい。自然環境が厳しいので、余市の人たちには助け合いの精神があります。よそ者に寛容な開拓者精神が生きているのでしょう」

数多くの生産現場を経験してきた西川さんに、優れたウイスキー蒸溜所の条件を訊ねてみた。

「質のよいウイスキーをつくるのは当たり前。でもそれは香りや味わいの良さといった単純な話だけではありません。決められたペースで、予定された年間生産量を守ること。遅れもなく、余計な経費もかけずに高品質を保つこと。そのような広義の高品質を可能にするのは、最終的に人間の力です」

自分がつくったものに対してプライドと愛着を持てなければ、いいウイスキーはつくれないと西川さんは断言する。モチベーションが下がり、パフォーマンスが下がると、ウイスキーの品質が下がる。だが人間ほど難しいものはない。個性も目標もそれぞれに異なる人たちを、リーダーとしてどのようにまとめていくのか。

世界のウイスキーファンを魅了する余市蒸溜所。北の大地では、今日も未来への1滴が生み出されている。


「会社が人を大事にしないと、人も会社を大事にしてくれません。他人との付き合いが苦手な人には、周囲がその人への理解を深める雰囲気を作って孤立を防ぐ。必要があれば専門家のカウンセリングを活用したり、希望する部署への異動を叶えさせます。かなり細かい部分まで働く人のケアをして、誰とでも正面から向き合える工場長であろうと心がけています」

余市蒸溜所がたった25人で生み出しているウイスキーの特徴は、人の手を介在させた「手づくり感」にある。本場スコットランドでさえ失われてしまった伝統技法を生かしながら、ブレない工場長はニッカ創業の理念を忠実に守っているのだ。

「本物のウイスキーをつくるという竹鶴政孝の想いを忘れたことはありません。これからも、世界中の皆様に喜んでいただけるウイスキーづくりをお約束します」

 

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