ウイスキーグラス再検証
シングルモルトの世界には、ワインやブランデーに負けないほどの多様性がある。 それなのに、なぜウイスキーグラスの種類は少ないのだろう。 世界的メーカーのリーデル社を巻き込んだ検証をおこなった。
文:ニコラス・コルディコット
写真:ジュレン・エステバン=プレテル
協力:RSN JAPAN 株式会社、バル ア ヴァン タテルヨシノ
ワイン愛好家は気の毒だ。ボトル1本ごとに大枚をはたくばかりか、専用の設備にもひと財産をつぎこまなければならない。ワインセラー、デキャンタ、人間工学に基づく先鋭的なコルクスクリュー。さらにはワインポアラー、フォイルカッター、ワインファンネル、ワインクーラーなどにも投資する。 品種別のグラスも悩みの種だ。赤ワイン用と白ワイン用があればいいという考えは古い。ブルゴーニュグラスにボルドーを注げばトゲトゲしく乱暴な味になり、ボルドーグラスでピノを飲めば酸味が果実味を掻き消してしまう。マイナーなゲヴュルツトラミネールにだって、専用グラスが存在する時代なのだ。
その点、シングルモルト愛好家の人生は心穏やかだ。必要な道具といえば、ボトルを密封しなおすためのわずかなセロハンテープ。あとは何の変哲もないウイスキーグラスが1セットあればいい。 もちろん先細のグレンケアンや、逆釣鐘形のリーデル製、あるいはザ・スコッチ・モルト・ウイスキー・ソサエティで人気のコピータ型テイスティンググラスを好む人もいるだろう。だがどんなウイスキーであれ、お気に入りのマイ・グラスさえあれば文句はない。
とはいったものの、アードベッグとオーヘントッシャンが、本当に同じグラスで大丈夫なのだろうか? ビールやワイン同様、ウイスキーの風味にも相当な幅広さがある。それなのになぜグラスの違いが味に影響しないと言い切れるのか? そこで私は、ある試みを実行にしてみることにした。
3種類のモルトと7種類のグラス
リーデル社に電話をする。140種類にも及ぶ強力なラインナップを誇り、およそ想像しうるすべてのブドウ品種に対応したグラスを提供しているオーストリアのグラスメーカーだ。コニャック用グラスにもVSOP用とXO用を別々に揃えるほどのメーカーだが、ウイスキー用はたった1種類しか用意されていない。そこで私は、その1種類のウイスキーグラスで全種類のウイスキーがカバーできることを証明してみないかと誘ったのだ。 運よく、答はイエス。私たちはパークホテル東京で落ち合い、リーデル・ジャパンの代表を務めるウォルフガング・アンギャル氏に7種類のグラスを計4セット持参していただいた。
7種類のグラスの内訳は、コニャック用、コニャックVSOP用、コニャックXO用、テキーラ用、キャンティ用、ヴィンテージポート用、そしてシングルモルト用である。 当日は、ウイスキーの専門家2名に協力を仰いだ。スプリングバンク蒸溜所のフランク・マッカーディー氏と、キルホーマン蒸溜所のジョン・マクレラン氏。
私たち4人は、3種類の異なるウイスキーを試飲することにした。シェリー樽を使用したタイプ、ピートの強いタイプ、風味の軽いタイプである。
2人のウイスキー専門家はグラスについても博識で、各々のグラスがどんな酒類用なのかを概ね言い当てた。だが唯一の例外は、あろうことかシングルモルト用のグラスだった。こんなウイスキーグラスは今まで見たことがない、と口を揃えるマッカーディー氏とマクレラン氏に、アンギャル氏は説明する。
「リーデルは15以上のウイスキー蒸溜所と協力して、この最良の形状を見つけ出しました。このデザインは、アルコール分を飛ばして、甘さを最大限引き出す形状なのです」
なるほど。そのような理由からか、このグラスは最初から分が悪かった。まず試したローランド産8年モノのウイスキーと相性が良くない。軽いタイプゆえ、アルコールと一緒に風味まで飛ばされてしまうようなのである。
「ブランデーにはいいかもしれないが、ウイスキーには向かない」と言うマクレラン氏。 マッカーディー氏もまた「ストレート型(ここではテキーラ用とシングルモルト用の2種)では、このウイスキーのフレーバーが失われてしまう」と指摘し、メモにこう記した。
「シングルモルトには不向きなグラス。アロマを引き出せず、本来のノーズが出ない」
マクレラン氏と私は、共にこのシングルモルト用を第3位としたが、驚いたことに、リーデルのアンギャル氏の評価も第3位だった。4人全員がナンバーワンに選んで圧倒的勝利を収めたのは、コニャックXO用。香りに焦点を絞ったグラスであることから、軽めのモルトであっても他のグラスにはないパワフルなノーズが表現できるのだ。 全員の意見が一致した例は他にもある。大きなお椀状をしたコニャック用のひとつがひどかった。アルコールが攻撃的になり、優しいローランドのアロマを台無しにしてしまう。
「この製品は基本的にはどのような蒸溜酒にも向かないと、最近のリーデルは考えていまいす。表面積が少し大きくなり過ぎますから。このグラスが魅力的に香るのは、中が空になった時です。本当によく香りますよ」 アンギャル氏の説明を聞いて、マッカーディー氏が確認する。 「本当だ。確かに空になると香りがいい」
意外なグラスがナンバーワン
第2ラウンドは、シェリー樽で熟成されたスペイサイド産のウイスキー。テキーラ用が活躍する可能性はある。シェリーグラスにかなり近い形をしているが、シェリー樽由来の風味を際立たせることが出来るだろうか?
その評価は、まちまちだった。アイラのマクレラン氏は最低のグラスだと感じたが、キャンベルタウンのマッカーディー氏は「いいノーズで、しかもスパイシー過ぎない」とコメントして第2位に選んだ。 私もテキーラ用は気に入った。アンギャル氏といえば、会社の立場上、ここから投票を辞退して他3名の反応をメモしている。
このラウンドでナンバーワンに選ばれたのは、今日用意された唯一のワイングラス。「キャンティ用が傑出している」と言うマッカーディー氏に、「そのようだね」とマクレラン氏が応じた。 「最初のラウンドで、私はこのグラスのコメントに『ノー』と一語だけ書いたんだ。好みじゃなかった。だけど今回はとてもいい。不思議なものだね」
最終ラウンドは、マクレラン氏の隣人でもあるアイラモルトの銘柄。ピートの利いた辛口のタイプだ。 実をいうと、私はマッカーディー氏がピート嫌いなのではないかと疑っている。第3ラウンド開始前に、「このウイスキーは癖が強すぎて、どのグラスを使っても違いは出ないだろう」と前置きしたからだ。ノージングをして、多くのグラスに対して「これはあまり香らない」とコメントしたマッカーディー氏だが、それでもテキーラ用を気に入って第1位にしている。
一方のマクレラン氏は、フェノール濃度を計器なしで測定できるほどの嗅覚と味覚を持っているはず。そんなアイラ代表の彼は、ここで初めてシングルモルト用グラスを第1位に選び、「濃厚でオイリーなウイスキーとの相性良し」と書き残している。 私も両人に同感だ。世界で最もピートが強いタイプのひとつであるウイスキーが、ストレート型のグラスによって柔らかくなり、繊細な個性を発揮できている。
リーデルが開発したシングルモルト用グラスのデザインは、確かにシングルモルトに適している。しかしそれは、どっしりと重いタイプに限られるようだ。
「ウイスキーを見つめ直し、スタイルに合った正しい形状のグラスを見つける時期が来ているのかもしれません」 セッションを終えたアンギャル氏は言う。
「軽めのウイスキーに、アルコールのパワーがもう少し欲しいと感じたのは今日が初めて。次回のオーストリア出張で、ハンドメイドのシングルモルト用グラスセットを提案してみますよ」
さて、その他のグラスがどれだけの評価を得たのか気になる方もいるだろう。 リーデルのテキーラ用グラスは、見た目はSMWS(ザ・シングル・モルト・ウイスキー・ソサエティ)のテイスティンググラスに似ているが、それを凌駕する実力を持っている。またコニャックXO用グラスは、ステム付きのグレンケアンだといえる。これにキャンティ用とシングルモルト用を加えれば、気の利いたウイスキー用グラスのコレクションになるに違いない。