樽が重要 その1【全3回】
樽はウイスキーを導く「教師」であり、その影響力が驚くべき奇跡を生み出す。「生徒」の素質を発揮させるために、枯渇するまで自らを犠牲にする。正しい樽が得られれば、ディスティラーの仕事の質も高くなるが、選択を誤ると、優れた仕事もすべて無に帰する。樽には様々な種類があり、強度や形状も異なる。デイヴ・ブルームが3回にわたって樽についてレポートする。先ずはシェリー樽から。
もちろん、樽は重要だ。ウイスキーを熟成させ、風味と色、グリップを与える樽は、「シェリー樽熟成」特有の風味 − ドライフルーツ、クルミ、丁子の香り、タンニンのグリップ、ファーストフィルからのあの赤味がかった色合い − をつくり出すのに不可欠だ。ウイスキー業者が「ヨーロピアン」と呼ぶオーク種はヨーロッパナラ(Quercus robur、別名pendunculate oak)で、スペイン北部からノルウェー、アイルランドからウラル山脈までヨーロッパ全域で成育し、フランスではリムーザン・オーク(Limousin oak)と呼ばれている。ウイスキーづくりの観点からはスペイン北部の森で成育する木を指し、500リットル樽に造られてシェリー酒でシーズニングされた後に、スコットランドとアイルランドに送られる。
ウイスキー業者がシェリー樽を使う理由は単純だ。スコットランドとアイルランドの人々はシェリー酒を大量に飲んだため、通常は500リットル樽で運ばれた。シェリー酒業者はソレラシステムによるエイジングにアメリカンホワイトオーク(Q. alba)を使用したが、オークの風味は望まなかったので不活性の木材を使用した。輸送用の樽はある程度、使い捨てであったことから、安価なヨーロッパナラで造られる傾向があった。この木材は新鮮でもあり、まだ多くのエキスが残っていたため、ソレラシステムの樽とは異なり強い風味が付いた。
「2、3往復した後にブリストルやリースの埠頭で捨てられるから、ケチなスコットランド人がさっさと持っていったわけです」とクライド・クーパレッジのマネージングディレクター、ジョージ・エスピーは言う。エスピーによると、シェリー樽の利用は1850年代に始まったが、1860年代になると、ウイスキー蒸溜所はスペインから直接調達した。輸送樽の時代はとっくに終わっているが、ヨーロッパナラのシェリー樽はその木材特性のためにまだ使われている。アメリカンホワイトオークより木目が大きいのでタンニンと色の出がよく、濃い色味でグリップの効いた口あたりになる。
ヨーロッパナラはバニリン濃度も高いが、はっきりした丁子の芳香をもたらすオイゲノールという化合物も豊富に含有する。新鮮な輸送樽が一定して流入していた間は、このような風味を容易に維持できたが、法律が変わってシェリー酒は製造元でボトル詰めすることになり、蒸溜業者は新たな供給元を確保しなければならなくなった。
シェリー酒業界は、ソレラシステムによるエイジングには不要なヨーロッパナラの樽も、輸送樽も造っていなかったので、ウイスキー業者は自分で調達するしかなかった。注文仕立てのシェリー樽、かつての輸送樽の現代版の登場である。
エドリントンではどのように造っているか、エスピーが話してくれた。「秋と冬に伐採し、ある程度まで空気乾燥させた材木を機械で樽板に加工してから再び乾燥させた後、南方のヘレスに輸送します。伐採からアンダルシアの樽製造業者の元に到着するまで12ヵ月かかります」
ヘレスでは、樽製造業者の元で7〜9ヵ月間、最終乾燥させる。その後、樽に造り上げて、最大2年間シェリー酒でシーズニングする。伐採からスコットランドに到着するまでの全工程には74ヶ月を要する。
シーズニングの際、シェリー酒の種類は影響するのか?
「樽を空のまま置いておけないので、収穫期に入荷した樽には2月、3月に絞り取った発酵果汁を入れて、その後にオロロソを入れます。他の時期に入荷した樽にはオロロソを入れます」
なぜオロロソなのか?
「主に伝統です。輸送シェリー酒が元々そうでした。フィノとアモンティリャードでも試しましたが、オロロソが一番いいレプリカになります」
しかし、ラベルにフィノ樽と書かれたウイスキーもあるが?
「それはヨーロッパナラではないのでしょう。『フィノ樽』と書かれているものはすべて、おそらくは使い古したソレラ樽だと思います。エドリントンの見解では、『シェリー樽』と呼べる風味が出せないものです」
すべて合わせると高コストだ。「樽ひとつに650〜700ポンドかかります」とエスピーは言う。「その上、毎年2万個も買っています」
私は素早く計算した。樽だけで最大1,400万ポンド。大きな数字に思える。
「毎年1万個の樽が廃棄されます」とエスピー。
「品質のためにそうせざるを得ないのです。当社ではウイスキーの品質の60%は樽によるという信条から、払い出す前に厳格なノージングを行います。樽がリフィルできる品質でなければ、再活性化してグレーンウイスキーか当社ブレンド用のモルトを入れる、さもなければ廃棄します。当社が『シェリー樽』と呼ぶのはファーストフィルです。その後は『リフィル』であり、平均して3、4回は行います」
エドリントンはアメリカンホワイトオークからもシェリー樽を造っている。「私の前任者たちは樽製造業者から買っていたでしょうし、ヨーロッパナラの樽とシェリー貯蔵所にあった樽を注文していたと思います。おそらくこの貯蔵所の樽もスペインのオークだと考えたのでしょうが、実はソレラ用のアメリカンホワイトオーク樽だった。それで、マッカランのようなモルトの風味を一定に保つ必要性から、常にアメリカンホワイトオークの要素を入れておかなければならないのです」
しかし、昔のシェリー樽熟成ウイスキーの方が良かったと言われたら?
「あなたが今日、マッカラン12年のグラスを手に座っているとして、12年後にも『以前のようじゃない』と言われないように同じ風味をもたらす樽を供給することが私の仕事です」
そう言う人々もいるのでは?
「そう言う人は、ヨーロッパナラのヘビーシェリー樽を使ったグランレゼルバのような銘柄を飲んだのかもしれないし、あるいは製造システムの中で輸送樽、スイートシェリー樽、ソレラ樽に大きな差があった50年代や60年代に購入された樽のウイスキーを飲んだのかもしれません」
言い換えると、今の方が一定している。今やヨーロッパナラは少数派だ。現在のウイスキー業界は、アメリカンホワイトオークの強いバニリン風味に傾いているように見える。ヨーロッパナラが少数の蒸溜所にしか向かない時期なのだろうか?
「すべての蒸溜所に向いていると申し上げたい」とエスピーは言う。
「当社と同程度まで取り組んでいるところはごく僅かですが、樽の構成に少しヨーロッパナラを加えることはすべての蒸溜所にとって利益になるのではないかと思います」
より大きく、より豊かに、よりスイートに。アジアの活気ある市場を見れば、ヨーロッパナラの要素を豊富に伴うウイスキーがその急発展を先導していることが分かる。振り子が再び戻りつつあるのかもしれない。