究極のテイスティング【前編】
愛好家のテイスティングと、プロのテイスティングはどこが違うのか。香りだけから、蒸溜所やスピリッツの正体を見抜くことが可能なのか。究極のフレーバーを探す旅は続く。
文:デイヴ・ブルーム
「エクストリーム・テイスティング」という言葉は、静かで穏やかなスピリッツの世界においてあまり馴染みのない言葉であろう。エクストリームではない普通のテイスティングならご存知の方も多いだろうが、「エクストリーム」が何を意味するかを説明するのは少々やっかいである。
まずエクストリーム・テイスティングとは、危険な状況のなかでおこなうテイスティングではない。ものすごい大量の酒を一気にテイスティングするといった話でもない。実のところ1,000種類をテイスティングしようが、10,000種類をテイスティングしようが、数や量は関係ないのだ。
エクストリーム・テイスティングは、スピリッツが宿した内なる生命力を探ることに関連している。ブランド、蒸溜所、ブレンド、スタイルなどの複雑な作用を理解しようとする試みを完結させる道筋だ。必要なテイスティングの数は、100種類かもしれないし、10種類かもしれない。
はっきりしているのは、ウイスキーを理解する手がかりが、フレーバーを通してしか得られないということである。アロマを識別するだけなら話は簡単だ。9歳になる私の娘は、ウイスキーがバニラやモモやスパイスの匂いがすることを指摘できる。エクストリームであるか否かは別にして、重要なのはこれらのアロマや風味が何を意味し、なぜそこにあるかという原因を知ることだ。
このアプローチは、生産工程、歴史、カスクの影響、気候など、ウイスキーの個性を作り上げるすべての要素を明らかにしようとするものである。エクストリームではなく、ディープ・テイスティングと呼ぶべきなのかもしれない。
さらにいえば、このテイスティングは特に楽しいテイスティングでもない。分析的で、知力を必要とし、一般のウイスキー愛好家とは無縁の世界だ。しかし蒸溜者やブレンダーなど、ウイスキーに深く思いを巡らさなければならないプロのテイスターたちにとっては、必要不可欠な技量でもある。私たちが楽しむウイスキーは、プロ達のテイスティングの技量によって支えられている。彼らは陰のヒーローなのだ。
エクストリームな出会い
この特殊なテイスティングとの出会いは、著述家として駆け出しの頃に訪れた。当時の私は、週刊の飲料業界誌の特集記事デスク。小売り業者がテイスティング技術に関心がないことを知って不満を抱き、それならば自分で学んでみたら何かの役立つかもしれないと思ったのだ。ウイスキーのエクストリーム・テイスティングを体験して、その体験談を連載記事のネタにしようと、グラスゴーのウエストナイル通りにあるロバートソン&バクスターを訪ねた。
そこはしっとりとした色合いの木製パネル、底が深い流し台、大理石のカウンターなどで構成された世界だった。そして、あらゆる場所を埋め尽くすボトル。白衣を着た2人の男がそこで何やら匂いを嗅ぎ、メモを書き留め、小声で語り合っている。これはまったく通常の蒸溜所訪問と様子が違う。正真正銘、仕事の現場である。
白衣の男たちを紹介された。アラン・リードとジョン・ラムゼイ。彼らに「ブレンダーの仕事とは何かをプロに聞きたい」という取材の趣旨を説明すると、アラン・リードは「まさにそのプロがここにいる」といわんばかりに渋面を作り、5つのグラスが並べられた作業台へと私を連れていった。
「さあ、この5つのグラスの中身を当ててごらん」
液体は透明だ。私はニューメイクスピリッツを飲んだことがなかったし、正直いって当時はウイスキーの経験もほぼ皆無。ヒントはなし。「地域が違う?」「それぞれ別の蒸溜所?」などと当てずっぽうに推測を試みたが、「よく考えてみて」とアランは素っ気ない。香りをじっと嗅いでみる。共通する要素はあるが、それぞれが異なる個性を持っている。
「ひょっとして同じ蒸溜所ですか?」
「正解。どこの蒸溜所? それを考えてみて」
私が困り果ててもう一度香りを嗅ぐと、アランが助け舟を出した。
「教えてあげよう。これは先週、ブリテン島の北部にある蒸溜所で作られたニューメイクを、月曜日から金曜日まで日替わりで並べたんだ」
「でも、それぞれ違った味がしますよ」
「その通り。だからこそ、ここで僕とジョンが働いているんだよ。さあ、始めようか」
私はこの研究所を皮切りに、20年間で幾度となく同様のラボに通い詰め、その度に少しずつ学んでいった。しかし訪問する度に様々なことが明らかになるというより、ブレンダーの仕事にまつわる未知の複雑さを見せつけられることの連続だった。ウイスキーだけではなく、アルマニャック、コニャック、ラムのエクストリーム・テイスティングも経験した。