氷下の年月

February 17, 2012

100年以上、南極で眠っていたウイスキー。残されていたヴィクトリア朝時代の風味やいかに。(文:デイヴ・ブルーム)


いつもの威勢が感じられないリチャード・パターソンが、淡い藁色の液体をグラスに注ぐ。「よく見てください」。色は極めて淡い。匂ってみるがスモークは感じない。予想された重量感とパワーはどこへ行ったのか。「ね? 驚いちゃうでしょう?」。

探検家アーネスト・シャクルトンが南極探検のために建てた小屋の下から、3ケースのウイスキーが発見されたのは2007年のこと。ケースには、エディンバラのブレンダーであり仲買人だったマッキンレー(現在はホワイト&マッカイが保有)が探検用に提供した25ケースの残りも含まれていた。

南極点まで97.5海里に迫ったシャクルトンは、悪天候に見舞われ、隊員全員を安全に生還させるため小屋を慌ただしく後にした。ウイスキーはシャクルトン自身のように忘れ去られていたが、その現物が今ここにある。隊員たちがストーブの周りを囲み、ペンギンの卵を食べ、ウイスキーを飲んで互いを元気づけている様子が目に浮かぶ。

科学的調査のためスコットランドに運ばれた3本のボトル。その素性は、パターソンさえも知らなかった。これまでの調査で明らかになったのは、このウイスキーがインヴァネスにあったグレンモール蒸溜所で1907年に瓶詰めされたものであり、熟成年数は約10年で、度数が47.3%。モルトはオークニー諸島のピートで軽く燻してある。

パターソンは言う。「氷の下に100年も放置されると、色が褪せたり曇ったりするのではないかと気がかりでしたが、実際には見事に澄み切っていました」。分析を進めると、ウイスキーに着色はされておらず、熟成には数種類の木が使用されている可能性があることがわかってきた。

過去の再生に挑む

よくある思い込みのひとつに「ヴィクトリア朝時代のウイスキーは今日よりも重厚だ」というものがある。バーボンカスクの普及前はシェリーが主流で、ピートの主張も強かったという推測だ。ところがこのウイスキーは軽く、フローラルで、エステルやかすかなマジパンの匂いと軽いオイリーさがあり、ピート香はわずかである。このフレッシュさが、天然の冷凍庫で保存されていたのは驚きだ。

パターソンは、もうひとつのウイスキーをグラスに注ぐ。オリジナルの南極ウイスキーをそっくり真似て試作したレプリカである。「オリジナルの味を再現するポイントは3つ。熟成年は6年〜10年、軽いスモーク香と何種類かの木香、そしてオリジナルのアロマです」。

グレンモール蒸溜所は1983年に閉鎖されている。「グレンモールの樽は運よくひとつ持っていました。カスク番号が南極探検の年と同じ1907だったので驚きましたね」とパターソンは言う。

彼が保有するグレンモール、ヘビーピートのダルモア、タムナヴーリン、リムーザンオークで熟成したジュラの4種類をブレンドして、見事なまでオリジナルに近い味が再現された。このレプリカウイスキーは、5万本で25万英ポンドの売上が見込まれ、利益の5%が南極歴史遺産トラストに寄付されるという。

このウイスキーを再生と呼ぶのは無理がある。シャクルトンの足跡をたどるにもGPSを駆使し、撮影隊を従えて南極に行く時代だ。しかしオリジナルのウイスキーは、ヴィクトリア時代の嗜好について実に多くのことを私たちに教えてくれた。そのレプリカを作ることは、当時のウイスキー製造者や、アーネスト・シャクルトンへのオマージュでもあったのだ。

 

 

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