企業レベルの取り組みが進む一方で、構造的な問題解決は難しい。地方に事業拠点が多いスコッチ業界で、人種の多様性はどうやって高められるのだろうか。

文:ミリー・ミリケン

 
「ウイスキー業界における有色人種に対する障壁は、常に現地の文化的背景と密接な関係がありました」

そう語るのは、ディアジオのアンバサダーを務めた経験もあるディーノ・モンクリーフだ。スピリッツ教育機関のザ・ミキシング・クラスと提携して、教育とメンターシップのプログラム「イークアル・メジャーズ」を創始した人物である。このプロジェクトは、2020年5月25日に発生したジョージ・フロイド死亡事件をきっかけに誕生した。黒人、少数民族、その他の恵まれない背景を持つコミュニティの人々が、ホスピタリティ業界で働く足がかりを作るのが目的だ。この活動は大きな反響を呼び、エドリントン、ビームサントリー、ジョニーウォーカーなどから支援されている。金銭的な支援だけでなく、継続的な対話も含まれているのが重要だ。

ジョージ・フロイド死亡事件を契機に、英国のウイスキー業界でも声を上げる人々が現れた。ディアジオ出身のディーノ・モンクリーフは、人種の多様性に課題がある理由を構造的な問題としてとらえている。

モンクリーフが障壁の原因として挙げる「現地の文化的背景」とは、英国のウイスキー蒸溜所の多くが農村部や小さな町に拠点を置いている現実を指す。英国全土で見ると多様な人々が住んでいるのに、蒸溜所の所在地は昔ながらの人々で構成されているコミュニティも多いのだ。

だからといって、現在のような状況を黙認し続けていいということにはならない。異なる背景を持つコミュニティから、蒸溜所の顔となるような人を積極的に採用する努力は必要だ。非営利団体ビー・インクルーシブ・ホスピタリティ創設者のロレイン・コープスは次のように語っている。

「大規模なサプライチェーンを持ち、多様な役割の従業員を抱える企業のリーダーなら、そのような事業規模に見合った人種の多様性を受け入れる責任も大きくなってくるはずです」

この意見に賛同するのは、グリーン・パーク・エグゼクティブ・サーチ社でダイバーシティ関連のコンサルタントを務めるカースティン・マクラウドだ。

「より幅広い消費者層にアピールしようとしている企業は、多様な背景の従業員を雇用するリクルーティングに苦慮しています。これから取り組んでいく事業について求人広告を打ったり、自社で働く人々に開かれた機会について、さまざまな手段を使いながら告知していかなければなりません」

事業拠点の近所を探しても、それほど多様な背景の人々が住んでいない場合はあるだろう。だが多様性の高い地域にアクセスできる人々と提携したり、より多様な人々が住んでいる地方自治体で求人広告を打ったりする方法もマクラウドは推奨している。
 

先進的なレイクス蒸溜所の取り組み

 
英国のウイスキー界で特筆すべき例外は、イングランドのカンブリア州にあるレイクス蒸溜所だ。製造部門の要職であるウイスキーメーカーは、インドのグジャラート州で生まれたダヴァル・ガンディーが務める。ガンディーはハイネケンで酒造のキャリアをスタートさせ、マッカランを経てレイクスにやってきた。有名なヘリオットワット大学で醸造・蒸溜学修士を取得している。

ヘリオットワット大学の醸造・蒸溜学部では、世界中から集まった学生たちがウィスキーの本場で蒸溜技術を学んでいる。ウイスキーの世界で、ヘリオットワット大学には国際的な影響力がある。レイクス蒸溜所でオペレーションズマネージャーを務めるバイバブ・スードも、ガンディーと同じくヘリオットワット大学を卒業したインド人だ。

イングランドの新鋭レイクス蒸溜所で、ウイスキーメーカーの重責を担うインド出身のダヴァル・ガンディー。ユニークな経験とクリエイティブな思考でウイスキーづくりに革新をもたらしている。メイン写真はヨークシャーのクーパーキングでアシスタントディスティラーを務めるソフィー・パシュリー。

レイクス蒸溜所でマーケティングディレクターを務めるカースティ・テイラーは、ガンディーとスードの採用は純粋な適材適所だったと説明している。チームの多様性を高めようと積極的に取り組んだ結果ではなく、仕事に最適な人材を求めたらそれがインド人だったのだ。個人の資質も、仕事面での能力も、さまざまな経験や視点を持った人たちが必要なのだという。

「ガンディーとスードがインド人なのは、まったくの偶然です。でも人生を通してユニークな経験をしてきた人たちは、よりクリエイティブな思考ができて問題解決能力が高いのは確か。そんな個性が、私たちのビジネスに異なったダイナミズムをもたらしてくれるという傾向を重視しています」

英国のウイスキー業界では、若い女性の活躍も目立つようになってきた。レイクス蒸溜所のウイスキーアシスタントは、20代前半のグレース・ゴートンが務めている。ホーウィックのボーダーズ蒸溜所は従業員の50%が女性であり、地元の若者には魅力的な雇用主として評価されている。ヨークシャーのクーパーキングで、アシスタントディスティラーを務めているのは24歳のソフィー・パシュリー。ボランティアとして2年前に入社し、共同設立者のアビー・ニールソンに見守られながら短期間で現在の職務をこなすまでに成長した。

そんなパシュリーは、ウイスキー業界をめぐるダイバーシティの状況は変わりつつことを認めながらも大きな課題を指摘する。ウイスキーに携わる若者はいまだに少なく、恵まれないバックグラウンドの若者は特に豊富な機会が与えられていないと感じている。

「正直言って、かつては自分が何者にもなれないのではないかと思っていました。蒸溜所で働きたいけど、その夢が叶うのは早くて45歳くらいかなと思っていたくらい。まずはスコットランドに引っ越して数年住み、ツアーガイドから始めるつもりでした。でもWSETの資格を取得したことで、大きく道が開けてきたんです。知識を得ることで、さまざまなキャリアパスがあるのだと意識するようになりました。そうやって、自分が就きたい仕事を得られるようになったのです」
(つづく)