バルブレア蒸溜所を訪ねて【前半/全2回】
ハイランドの地で、スコットランド最古のウイスキーづくりを継承するバルブレア蒸溜所。マネージャーとなって10年目を迎えるジョン・マクドナルド氏に、その力強いスピリッツと華やかなアロマの秘密を訊ねる。
文:ガヴィン・スミス
ウイスキーをテーマにしたケン・ローチの映画『天使の分け前』を観た方なら、バルブレア蒸溜所の風景にきっと見覚えがあるだろう。クライマックスで、シングルモルト「モルトミル」のカスクをオークションにかけるシーンはここで撮影された。ロケ地に選ばれた理由は想像に難くない。バルブレアは誰もが心に思い描く、伝統的なスコッチウイスキーの蒸溜所そのものだ。インヴァネスから北に65km、ドーノック湾の南岸にも近いエダートン村のはずれで、目を見張るようなハイランドの風景の中に建っている。
バルブレアが、スコットランド最古の蒸溜所のひとつであるという主張には根拠がある。この地では1749年頃からウイスキーづくりがおこなわれていたとされ、1790年には現在のバルブレア蒸溜所から約800m離れたバルブレア農場にジョン・ロスが蒸溜所を設立した公式記録が残っている。
蒸溜所は1872年に改築されたが、現在の建築はインヴァネスのワイン商だったアレクサンダー・コーワンが1894〜95年に完成させたものである。彼はバルブレア蒸溜所の借地権をオーナーであるバルナゴウン・エステイトから取得し、輸送を効率化するためインヴァネスとウィックを結ぶ鉄道路線のそばに蒸溜所を移した。
バルブレア蒸溜所は1915年から休業状態にあったが、1947年にキーズ在住の弁護士であるバーティーことロバート・カミングが48,000ポンドで購入し、翌年から蒸溜を再開。そして1970年、カミングはバルブレアをカナダの一大スピリッツメーカーであるハイラム・ウォーカー&サンズに売却することになる。同社は、当時スコッチの蒸溜所5軒を保有していた。
新リーダーのもとで大改革を敢行
ハイラム・ウォーカー社は1988年にアライド・ヴィントナーズ社と合併してアライド・ディスティラーズとなり、1996年にはインバーハウス・ディスティラーズにバルブレアを売却した。売却前には、蒸溜所の閉鎖も検討したという。当時のインバーハウスはすでにスペイバーンとプルトニーを所有しており、バルブレアの後にはバルメニャックとノックドゥーをポートフォリオに加えた。そしてインバーハウスは2001年にパシフィック・スピリッツの傘下となった。
2006年に、そのパシフィック・スピリッツがインターナショナル・ビバレッジ・ホールディングズに買収。その翌年、バルブレアは商品ラインナップを大胆に変更する。既存のバルブレア・エレメンツ(年数表示なし)、10年、16年といった枠組みを廃し、その代わりにまったく新しいパッケージデザインで数々のヴィンテージ商品をリリースしたのだ。
現在のバルブレアを率いるのは、ジョン・マクドナルド氏である。インヴァネスに生まれ、バルブレアと8kmも離れていないグレンモーレンジィ蒸溜所で1989年8月から働き始めた。勉学のかたわら1年だけ働くつもりが、17年も勤務してしまったのだという。貯蔵庫で働き始め、学業を終えるとミル、マッシュ、スチルを次々に担当し、最後はアシスタントマネージャーになった。そして2006年8月、バルブレア蒸溜所のマネージャーに任命されたのである。
バルブレア蒸溜所が生産するスピリッツについて、マクドナルド氏は説明する。
「蒸溜所のスタイルはいかにもハイランド流です。ノンピートで、とてもフルーティー。花の香りや革を思わせる魅力的な性質が潜んでいます。スピリッツは極めて力強く、長い貯蔵期間を経てた後でも、元々のスピリッツが持つフレーバーやアロマがしっかりと残っています」
バルブレアは長らくノンピートで生産されてきたが、2011年から2012年にかけてピートを使用したスピリッツ(52ppm)を生産している。インバーハウスは、今後ピートを使用した蒸溜を予定していない。しかし2005年まで遡ると、アイラ島のシングルモルトを貯蔵していたカスクでフィニッシュした12年物の1992年ヴィンテージ「シングル・ピーティー・カスク」を発売したことがある。さらにその後、アイラモルトを貯蔵したアメリカ産のバレル(1466)で熟成された1990年のシングルカスクもボトリングした。
(つづく)