ベンベキュラ蒸溜所と離島の夢【後半/全2回】
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文:ガヴィン・スミス
ベンベキュラ蒸溜所の設立にあたって、創業者のアンガス・マクミランはブレンダン・マキャロンに白羽の矢を立てた。マキャロンは、グレンモーレンジィでウイスキー熟成責任者を務めてきた人物だ。さらにはディステル社のマスターディスティラーとして、シングルモルト「ブナハーブン」「ディーンストン」「トバモリー」の品質も管轄してきた。ウイスキーづくりには豊富な経験がある。
現在、フリーランスの蒸溜コンサルタントとして活躍するマキャロンは、ベンベキュラ蒸溜所の酒質について次のように予測している。
「ベンベキュラのスピリッツは、伝統的な海の香りを備えたスタイルとなるでしょう。スモーキーな香りに、塩味と甘いピートの香りが加わります。これはライトピーテッドからミディアムピーテッドのモルトを使用することで実現することになります。スモーク香で圧倒するのではなく、フルーティーでフローラルな香りが際立つバランスの良さが特徴です」
スモーク香を表現するために、モルトのフェノール値はコントロールしなければならない。だがもっと重要なことは、細部に工程に宿るのだとマキャロンは言う。
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「必要な分だけのスモーク香を抽出するために、注意深く糖化工程を進めます。たくさんの発酵槽を備えているので、発酵時間を調整することでスピリッツにさまざまな風味を取り入れられます。フェノールの効果をもれなく取り込みながら、スピリッツの風味を損なわないようにカットポイントも試行錯誤しています」
原料の大麦はベア大麦以外の一般的な品種も使用するし、ベンベキュラ島以外のピートも使用する。それでもなるべくベア大麦をメインにしようというのがマキャロンの考えだ。
「アンガスの農場でベア大麦を栽培し、収穫されたものを毎年製麦してもらう予定です。離島という立地条件は、テロワールを表現する絶好の環境でもあります。このような個性を表現しないのはもったいない。地元産の原料でウイスキーをつくるのは、私たちの理想でもありました。他の農家の人たちとも協力しながら、将来的にはもっと多くの大麦を栽培して地元産モルトの使用量を増やしたいと考えています」
蒸溜所内に自前の製麦所を持つのが目標だが、当面はスコットランド本土の製麦業者に依頼することになるとマキャロンは説明する。
「アンガスの農場で栽培されたベア大麦だけでなく、農場の土壌から掘ったピートも利用しています。泥炭の原料になっている植物はヒースが中心で、これが香水のような芳しさでも知られています。島の伝統的な製法も採用しながら、ヒースの風味をスピリッツに取り込もうと考えています」
少しでも特別なウイスキーをつくるため、マキャロンはベア大麦だけを使った原酒づくりにも挑戦している。製造工程のなかで、ベア大麦がどのような特徴を表現してくれるのかを確かめているところだ。
「ベア大麦の取り扱いについては、まだ最善の方法を探している途中です。熟成したベア大麦の原酒を少しずつ通年で使用する方法もあるし、ベア大麦の原酒だけをボトリングした数量限定商品をたくさん企画する方法もあるでしょう。まずはしっかりとしたコアレンジのラインナップを構築して、地元産ベア大麦100%の特別なウイスキーを毎年1種類はボトリングすることに集中したいと思っています」
蒸溜所の設備と生産工程には、二酸化炭素排出量を抑える最先端の技術が取り入れられている。年間生産量は約35万リットルとなる予定だ。熟成樽はバーボン樽とシェリー樽が中心となるが、オーク新樽、リフィル樽、赤ワイン樽、STR樽なども使用される。ニューメイクのテイスティングでは非常に高い評価を受けており、最初にリリースされるのは3年熟成のウイスキーとなる予定だ。
ベンベキュラの蒸溜器から、最初のスピリッツが流れ出したのは昨年6月のこと。蒸溜所の開設に伴って新たに10人を雇用し、今後もさらに25人ほど増員する予定だ。最終的には、間接的な雇用を合わせて75人ほどのチームになる見込みである。
さまざまな経歴のメンバーたちと共に
ベンベキュラ島に蒸溜所が建設された恩恵のひとつは、ヘブリディーズ諸島の人々が故郷にとどまる理由ができたこと。あるいは島の出身者が故郷に戻ってキャリアを築き、家庭生活を営む機会が生まれたことである。
ウイスキー製造チームのマネージャーは、地元ベンベキュラ島生まれのメアリー・マーガレット・コナーティだ。彼女は18歳の時に島を離れ、スコットランド本土で化学を学んだ。だがこの仕事に出会ったおかげで、子どもたちと島に戻れることになったと喜んでいる。
またプロダクションマネージャーはハリス島出身のケニー・マクリーンだ。以前にハリス島の蒸溜所で7年間ほど働いた経験があり、施設管理と技術部門での経験が豊富にある。
サウスウイスト島出身のグラハム・マクラウドは、自動車教習所の経営者だった。だがその事業をやめてディスティラーになり、生まれ故郷のヘブリディーズ諸島に戻ってウイスキーをつくることにした。
同じくディスティラーのビリー・アーヴィングは、かつてウイスキー製造の都と呼ばれたキャンベルタウンの出身である。
ケイリー・マクヴィカーはノースウイスト島出身で、運送と物流の経験がある。またサウスウイスト島出身のジェシカ・トムソンは、グラスゴーから家族とともにヘブリディーズ諸島に戻ってきた。現在は独立した化学エンジニアとして、蒸溜所のエンジニアリングを管理するアレン・アソシエーツ社と契約して製造工程の管理にあたっている。
ヘクター・マクラウドは地元ベンベキュラ島生まれで、以前は第3セクター(非政府および非営利)の最高経営責任者(CEO)を務めたこともある。アンガス・マクミランとは、15年間にわたって他のベンチャー事業でつながっていた。
この蒸溜所プロジェクトと個人的につながりたい一般市民は、「ベンベキュラ2024メンバーズ・ソサエティ」に入会すればいい。会員にはニューメイクスピリッツのサンプルと初回リリース分のウイスキー2本が配布され、会員限定の樽出しウイスキー(カスクストレングス)や季刊ニュースレターなどの特典も多彩に用意されている。
特に熱心なウイスキー愛好家たちのため、2024年7月には樽出し原酒のプログラムが発表された。ファーストフィルのペドロヒメネス樽とオロロソシェリー樽で熟成したウイスキーが、一般向けに販売される。まずはシェリー樽(250リットル)150本分の原酒がボトリングされる予定だ。
蒸溜所をゼロから立ち上げるだけでも大変な仕事だが、社長のアンガス・マクミランは息子のアンガス・E・マクミランと共同で独立系のボトリング会社も新たに設立している。社名はマクミラン・スピリッツだ。
このマクミラン・スピリッツは、最初のリリースとして「マクミラン・ジン」を売り出す。これはマクミラン家が所有する農場で収穫された野生のアンゼリカをボタニカルに使用したジンである。エディンバラのホーリールード蒸溜所で製造されるが、いずれはベンベキュラ蒸溜所で製造することになるという。
マクミラン・スピリッツは、ブレンデッドウイスキー「ウィールハウス」、8年熟成のシングルモルト「カリラ」、8年熟成のラム「モルッカ」も発売している。 驚くべきことに、海の心臓とも呼ばれるモルッカビーンズは、カリブ海からメキシコ湾流に乗って海を渡り、ヘブリディーズ諸島のビーチに流れ着くのだという。マクミランは次のように語っている。
「ベンベキュラ島民の誇りとして、アウター・ヘブリディーズ諸島からインスピレーションを得た風味と物語をマクミラン・スピリッツの製品に結び付けたいと思っていました」
アイラ島には新旧さまざまな蒸溜所があり、スカイ島、ハリス島、バラ島などの島々でも飲食にフォーカスした観光業が盛んになっている。マクミランは、この経済発展の大きなチャンスを無駄にしたくないのだ。
「ベンベキュラのような場所は他にないし、ここで島の発展の一翼を担えると思っています。この島をサステナブルに受け継ぎ、新しい雇用や技術者の層を創出し、ユニークな場所のエッセンスを凝縮したシングルモルトウイスキーを生産していく予定です」