ウイスキーづくりで重用されるシェリー樽の多くは、スペイン南部の樽工房で生産される。トネレリア・デル・スールが手掛ける「カスクノリア」は、世界中の高品質なウイスキーの熟成に活用される人気ブランドだ。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

ウイスキーづくりの話でよく耳にする「ウッド・マネージメント」や「ウッド・ポリシー」といった言葉は、要するに熟成樽の選定のことだ。ウイスキーメーカーやブレンダーにとって、極めて重要なプロセスであることは間違いない。一貫して最上品質の樽を、いかにして調達できるかが成否を分ける。

ひとつの方法は、供給元となる蒸溜所やワイナリーから直接購入することだ。もうひとつの方法は、信頼できる樽工房に任せること。ウイスキー蒸溜所が希望するスペックで樽を組み直し、シーズニングも施してから納品してもらうスタイルだ。

樽職人として一人前になるには、最低で6年かかる。樽の加工、チャーの技術、オーク材への理解が、ウイスキーの熟成を助ける高品質な樽造りを支えている。

スペイン南部のモンティージャ=モリレスには、トネレリア・デル・スール(スペイン語で「南方の樽工房」)という名の有名な樽工房がある。幅広い種類の樽を生産して、2014年より「カスクノリア」というブランド名でウイスキーメーカーに提供している。カスクノリア・バージン(未使用のアメリカンオークおよびヨーロピアンオーク新樽)、カスクノリア・ヒストリック(使用済みのアメリカンオーク樽)、カスクノリア・レガシー(蒸溜所の要望に応じたオーダーメイドの樽)などで、さまざまな熟成ニーズに応えられるのが特長だ。トネレリア・デル・スールの輸出部長を務めるラファ・カベージョが説明する。

「オークの種類、チャーのレベル、シーズニングに使用するシェリーやスペイン産ワインなど、あらゆるオプションをお客様に説明します。そうすることで、1本ごとにあらゆる細部にまでこだわった樽が注文できるのです。

現在39歳のラファ・カベージョは、現在の職務に就いて7年になる。それ以前も、樽職人として14歳からトネレリア・デル・スールで経験を積んできた。

「一通りの仕事を覚えるのに、だいたい6年はかかります。樽の側板や天板を作って、タガも加工します。作業に使う機器を熟知する必要もあります。樽の内部を焦がすチャーの工程は、マスターするのに特に長い時間がかかります。そして樽職人としていちばん難しいのが、オーク材の特性をしっかりと理解すること。ハンマーの使い方は、仕事をこなしているうちに慣れますよ」

ずいぶん若い頃から研鑽を積んでいるものだと驚きそうになるが、ラファの父であるラファエージョは12歳から樽職人の見習いを始めている。ラファエージョ・カベージョは、1974年に24歳で自分の樽工房を設立した。樽の納入先は、もともとワイナリーが主体だった。現在はトネレリア・デル・スールのCEOを務め、世界中のウイスキー蒸溜所に樽を供給している。

 

産地によるオーク材の違い

 

取り扱う樽の多くはアメリカンオーク材であり、シングルモルトウイスキーづくりを目的としている場合が多い。その他にはフレンチオーク樽の引き合いもあり、スパニッシュオーク樽も世界中で徐々にニーズが高まっている。

スパニッシュオークの樽材は、スペイン北部のカンタブリアやアストゥリアスが原産だ。木を育てながら持続的に森を維持し、樹齢80〜100年の木材を用意する。伐採された木材は空気乾燥され、約18カ月経つと70%だった水分含有量も16〜17%にまで下がる。ラファ・カベージョが説明する。

「スパニッシュオークとアメリカンオークは、フレーバーがまったく異なります。アメリカンオークはとても甘く、フレンチオークはほんの少しだけ甘い。スパニッシュオークはその中間で、ミディアムな甘味をウイスキーに授けてくれます」

ガスバーナーで直火を当てるのではなく、オーク材を燃やして熱源にするのがカスクノリア流。樽材の状態によって微調整を加えながら理想のチャーを完成させる。

樽熟成がスピリッツに及ぼす影響は、樽のサイズによっても異なってくる。小型の樽のほうが、スピリッツとの接触面積が広くなり、熟成中にはそれだけ多くのフレーバー成分がスピリッツ内に引き出されることになる。ウイスキー蒸溜所が、さまざまなサイズの樽で実験を続ける理由はここにある。革新的な実験ほど、樽は小さい方がいい。

カスクノリアのレパートリーは、最小で容量30Lの小樽からスタートする。そして容量40L、50L、64L、100L、130Lと小樽のバリエーションが続く。一般的によく使用されるサイズは、容量200L、225L、250Lの樽。最大の樽は容量450Lのパンチョン(バットに似たサイズだが、丈が短くて丸っこい)だ。

樽の製作で、非常に重要なのがチャーの工程だ。直火で表面を焼き付けることによって、樽材の表面を炭化させる。このときの高熱で樽内部の層も温められ、トースト効果からフレーバー成分が分解されるのだ。フレーバー成分がより小さな粒子になることで、眠っていたフレーバーが活性化される。

チャーのレベルには段階があって、まずはライトチャーの「1番」からスタートする。それ以降は「2番」がミディアム、「3番」がヘビー、「4番」がエクストラヘビーといった構成になる。トネレリア・デル・スールで施されるチャーのレベルは「3番」が一般的だ。チャーの時間が長いほど、木材表面の焦げる層は深くなって、さらに奥にある層のフレーバー成分を活性化することになる。このチャーのレベルによって、特有の風味や香りがウイスキーに引き出される。例えば「2番」なら、ココナッツやバニラの香り。「3番」なら、スモーク香とバニラ香が混ざりあったような効果だ。

焼き付けの熱源には、ガスバーナーを使用する樽工房も多い。だがトネレリア・デル・スールでは、余ったオーク材を焼いて熱源にしているのだとラファ・カベージョが説明する。

「オーク材を燃やして熱源にするのは、ガスよりもずっと難しい技術が必要です。炎の強さをハンドルで調整したりできませんからね。そして望みのチャーレベルに達したかどうかを判断するにも、大変な経験を積まなければなりません。樽は一つひとつ個性があり、例えば含んでいる水分量なども違うので、どれくらい深い層まで熱が届いているのかを見極める判断が必要です。いつも同じ時間だけ作業すれば、同じ結果が得られるという単純さはありません」

 

シーズニングもオーダーメイド

 

チャーを終えた樽は、シーズニングの工程に進む。ラファがマスターソムリエとなって、使用可能なワインについて説明する。このワインにはさまざまなタイプのシェリーも含まれ、オーガニックなタイプのワインを使用するというオプションまである。ラファはウイスキー蒸溜所の人々を連れてヘレス、マラガ、モンティージャ=モリレスなどのワイナリーを訪れる。そこでワインをテイスティングして、シーズニングに使用するワインを決めるのだという。

ラファエージョ・カベージョは12歳で樽職人になり、24歳で独立した。同様に十代から職人技を磨いた息子のラファは、ウイスキー熟成に特化した高品質な樽を世界中に供給している。

「例えばペドロヒメネスの樽は、ウイスキーの熟成で素晴らしい効果を発揮します。しかし同じペドロヒメネスでもワイナリーによって甘さのレベルも大きく異なるので、熟成後の香味にも影響があります」

シーズニングの期間中は、ずっとワイナリーに樽が置かれることになる。その期間の目安は12〜36カ月だ。いよいよ蒸溜所に発送するとき、ワインは樽から排出されるが、あえて少量だけ樽の中に戻される。これは輸送中にも樽材が湿度を保ち、フレッシュな状態で納品するための知恵だ。

樽の納入先は、世界32カ国にも及ぶ。オランダのズイダム、スウェーデンのハイコースト、フィンランドのキュロ、インドのポールジョン、米国のラビットホールとウェストランドは、みなお得意様である。だが輸出されるのは樽だけではない。ときにはラファ・カベージョ自身も海を渡るのだという。

「ウイスキーづくりをもっと理解したいという思いから、シアトルのウェストランドに2カ月ほど滞在しました。マスターディスティラーのマット・ホフマンと一緒に仕事をして、本当にたくさんのことを学びましたよ。マットからウイスキー業界のあれこれを学び、樽工房としてやるべきことが明確になりました」

トネレリア・デル・スールは、今年から新しい樽工房も増設する計画がある。新工房は「カスクノリア」専用で、ビジターセンターも併設される。完成までには3〜4年を見込んでいるが、ウイスキーファンの新しい聖地となることは間違いなさそうだ。