木と共に歩む秩父蒸溜所【前半/全2回】
新進の蒸溜所ながら、世界のコアなウイスキーファンから熱烈な支持を受けているベンチャーウイスキーの秩父蒸溜所。成功の理由はひとつではないが、重要な鍵は独自の熟成管理にもある。肥土伊知郎社長に蒸溜所のいまを訊く、全2回のロングインタビュー。
聞き手:ステファン・ヴァン・エイケン
ステファン:
ベンチャーウイスキー創設後の数年間、ホッグスヘッドで熟成されていた羽生蒸溜所のシングルカスクウイスキーを、さまざまなタイプの樽によるダブルマチュアード(2回熟成)でリリースされていました。当時の狙いと背景について教えていただけますか?
肥土伊知郎:
行き場を失って笹の川酒造に引き取ってもらった羽生蒸溜所のウイスキーは、ビンテージの幅も樽の種類も限定的でした。そこでシェリー樽、コニャック樽、バーボン樽、ミズナラの新樽などに入れ替えてさまざまな味のバリエーションをつくろうと考えたのです。将来蒸溜所を立ち上げる予定だったので、この経験から熟成について学べるだろうという思いもありました。
ステファン:
秩父蒸溜所になってからは、どんな樽の構成になっていますか?
肥土伊知郎:
全体の約半分がバーボンバレルです。もう半分にはシェリー、ワイン、ミズナラ、ポート、マデイラ、コニャックなどの樽があります。さほど数は多くありませんが、ラム、テキーラ、グラッパなどの樽も、良質なものが手に入ったときは試しています。
ステファン:
近年は良質な樽の調達が困難になり、価格も上昇しているようです。秩父蒸溜所はどのようにして熟成用の樽を手に入れていますか?
基本的には、現地に足を運びます。無名な蒸溜所が日本の商社にお願いしても、望みの樽は購入できないという現実から出発しました。現地の人と顔を合わせ、詳しく話し合うと相手も理解してくれて、「大量供給は難しいけど少量なら譲ってもいいだろう」という話になるのです。今年はスペインで現地の人と食事をしながら、良いシェリー樽が調達できました。昨年に引き続き、今年も11月に渡米してバーボン樽を仕入れる予定。現地での交渉は勉強になるし、いいものが手に入るのです。
ステファン:
世界中で多くのクラフトディスティラリーが創設されていることもあり、樽の需要はかつてないほどに高まっていますが、この影響は甚大ですか?
肥土伊知郎:
バーボンバレルは、ここ数年で入手が困難になってきました。かつては価格が上がってもお金を払えば購入できましたが、昨年あたりからはお金を払っても供給の時期がわからないという状況になっています。
ステファン:
バーボン樽やシェリー樽などに対する、新樽の比率についてはどのようにお考えですか?
肥土伊知郎:
ここではホワイトオーク、ヨーロピアンオーク、ミズナラなどの新樽でも熟成をしています。新樽はブレンドには向いているものの、それだけでウイスキーをつくるにはバランスを欠いている可能性があるので大量には使いません。私たちは60年代のスコッチウイスキーのようにオーセンティックなスタイルを目指しています。さまざまな挑戦も、すべて原点回帰への布石という側面があるので、少なくとも2年以上バーボンを熟成させた樽を中心に据えています。
ステファン:
バーボン樽は単一カテゴリーとして扱われていますが、バーボンの製造者によって樽の特徴に違いは感じられますか?
肥土伊知郎:
ある程度は違うと思います。例えば、メーカーズマークはとてもマイルドな熟成。ヘブンヒルはバニラの甘みが強い熟成。ジャックダニエルは、青リンゴなどの爽やかなフルーティさを伴った熟成。おそらく樽の作り方や、熟成年数の違いによるものでしょう。勝手な感想ですが、メーカーズマークは熟成年数が長く、ヘブンヒルはチャーが強く、ジャックダニエルはまた異なった樽の処理が施されているように感じます。バッファロートレースとヘブンヒルの明確な違いはわかりませんが、前述の3種に関しては明らかに違いがあります。
ステファン:
これまで発売された秩父蒸溜所のシングルカスクは、バーボン樽熟成のものが大半で、シェリー樽熟成のものは数えるほどです。これはシェリー樽の熟成が、バーボン樽の熟成よりも時間を要するということでしょうか?
肥土伊知郎:
シェリー樽でも美味しいと思う樽はありますが、やはりシェリーらしさを追求するにはもう少し熟成させたほうがいいと考えています。昨年のモダンモルトウイスキーマーケットで発表したシェリー樽熟成のボトルはまだ若々しい感じがしましたが、この1年で相当熟成が進みました。
ユニークな樽で新境地を開く
ステファン:
貯蔵庫に、変わった樽を使用した実験的なウイスキーはありますか?
肥土伊知郎:
新しいものでいうと、テキーラ樽くらいでしょうか。今年から始めたものですが、第1貯蔵庫に7本置いてあります。熟成はまだこれからなので、結果がわかるまでには時間がかかります。モルトウイスキーはグラッパ樽やラム樽にもよく合うので、系統的にはテキーラも外れないような気がするのですが、こればかりはやってみないとわかりません。
ステファン:
最近はビール熟成済みの木樽で熟成したウイスキーも発表されていますね。これは思いつきの実験ですか? それともビール樽は今後の戦略に組み込まれていますか?
ビール樽も増やしている最中です。日本のクラフトビールメーカーは、ずっとバレルエイジングをやりたがっていましたが、樽の供給者がいないので実現が難しかったのです。私たちが最初にコラボしたのは志賀高原ビールさん。ビールのバレルエイジングは米国でもおこなわれていますが、樽を日本に輸送する過程でさまざまなリスクがあります。でも日本国内なら樽からビールを払い出してすぐに送り返してもらえるので、いい状態で樽詰めができるのです。ビール樽は始めたばかりなので、これからどうなるのか将来が楽しみです。
ステファン:
試してはみたものの、うまくいかなかったという樽のタイプはありますか?
肥土伊知郎:
これは判断が難しいところです。最初の頃、ラム樽は熟成が進まないのでうまくいかないと思っていましたが、最近になって約5年を越えると徐々によくなることがわかってきました。ラム樽といっても、それ以前はバーボン樽だった古樽なので、樽の影響が出にくかったのでしょう。本来フルーティな原酒を入れておくと、そのフルーティさが際立ってくる感じはあります。
ステファン:
オリジナルな「デザイナーカスク」も使用されていますね。たとえば、ちょっと変わったサイズや形状の樽を使ってみたり、鏡板を別のタイプの木材に変えてみたり。蒸溜所で使用するオリジナル樽にはどのようなものがありますか?
肥土伊知郎:
いわゆるチビ樽はそのひとつです。これまでに商品化したホワイトオークの他に、鏡板だけをミズナラにしているホッグスヘッドなどのハイブリッドカスクもあります。これもかれこれ3年以上経っているので、どんな成果が出ているのか今後チェックしていきます。
ステファン:
ウイスキー業界では珍しいレッドオークを鏡板に使用されていますが、どんな風味がもたらされるのですか?
肥土伊知郎:
100%レッドオークからの影響とはいえないかもしれませんが、少なくとも現在テイスティングしたものに関しては、とてもクリーミーでミルクキャラメルのような甘みの強いウイスキーになっています。レッドオークの樽は漏れやすいので、鏡板だけに使用しています。
ステファン:
秩父蒸溜所では原酒の移し替えもおこなわれています。まずファーストフィルの樽で熟成して、それからサードフィルの樽に詰め替えたものが印象的でした。このコンセプトは最初からあったものですか? それとも実験の過程で発見したものですか?
肥土伊知郎:
たまたまです。まずはいろいろ試してみようということで、テイスティングしながら出会ったケースでした。本当に偶然の産物なので、どうすれば再現できるのかということもこれから勉強が必要です。フルーティな風味がたくさん出ているウイスキーには、新樽のようにタンニンやウッドフレーバーが強すぎる樽を合わせないようにします。木の成分が穏やかなサードフィルの樽に移し替えることで、そのフルーティさを伸ばせるだろうというイメージですが、明確な答えはこれから見つけていかなくてはなりません。(つづく)