小さく構え、大きく跳べ【後編】

September 20, 2012

アイラの革命児が初めて訪ねた秩父蒸溜所に、異境の目新しさはなかった。最も古風なアプローチこそが、最先端を走る原動力になる

対談:肥土伊知郎(秩父蒸溜所)+アントニー・ウィルズ(キルホーマン蒸溜所)

◉試行錯誤の蒸溜所ビジネス

A アイラにはウイスキーが目当ての観光客が大勢来るので、ビジターセンターが収入源になります。収支はとんとんでも満足なので、わずかに利益が出ている現状に満足しています。秩父にもビジターセンターが作れるのでは?

 I たくさんの人が訪問したがっているので作った方がいいのでしょうが、人手が足りません。今はウイスキーづくりに集中したいと思っていますが、将来は設置するかもしれません。

A この部屋なんかはビジターセンターにぴったりですよ。年間10万人の来客がある蒸溜所もあるので、作るメリットは大きいと思います。スコットランドでも蒸溜所観光のビジネスが隆盛してきたのはここ20年のこと。それ以前はどこの蒸溜所も秘密主義でした。 

I プライベートカスクは販売しましたか? 私は100樽ほど売りました。

A 私も約300樽を売りましたが、買い戻そうとしています。

I その話は、ある日本の愛好家から耳にしました。日本人愛好家は、誰も売り戻しに応じなかったとか。人気の証拠ですね。もうカスクを売るのはやめたのですか?

A やめました。1年半ほど販売してそれなりの収入にはなりましたが、今では売る必要はなかったと後悔しています。

I 現在、私はさまざまなカスクを試しています。将来に渡って使える良いカスクを探すため、色々なタイプのウイスキーをつくって「どれが一番美味しいですか?」とお客様に訊ねながら一緒に楽しんでいる状況です。おそらくこの先5年から10年で、秩父スタイルは確立されるはず。キルホーマンは1〜2種類のスタイルにフォーカスしていますね。

A 色々な種類のウイスキーを販売することに伴う危険は、中核となる表現を忘れてしまうことです。これは私の個人的な考え方で、正しいかどうかはわかりません。現在は、キルホーマンの核となる特性のを認識してもらうために頑張っているところ。いくつものスタイルを市場に流すと、顧客を混乱させてしまいますから。

I そうですね。実際に私はお客様を混乱させています。でも今はそれが楽しいし、ときには混乱してもいいと思っています。「このカスクは、あのカスクと違う」と気づき、違いを知ることはウイスキーを知るための近道ですから。

A 麦汁を発酵槽にポンプで送る前に、マッシュの温度や時間を変えてみたりしましたか?

I マッシュはほとんどいつも同じ条件でやっていますが、発酵の条件は変えています。

A イースト菌はいろいろ使っていますか?

I スタッフが厳密な作業工程を身につけてほしいという思いから、今では1種類のイースト菌だけに限定しています。そうしないと、細かい特徴がどこから来たものなのかを判断できなくなるので。最低3年はきっちり同じ作業工程を維持した上で、ほんの少し作り方を変えるとその効果がはっきりわかります。コンデンサーの温度が上下することでもスピリッツの味は変わりますね。将来的には、たぶんエールイーストのようなものを使うと思います。

◉マイクロディスティラリーの未来

I 今、一番大変なことは何ですか?

A 幸いにして小規模なので、世の中の浮き沈みに合わせて生産量を変える必要はありません。現在は年間800〜900樽しか生産していませんが、この量をたった1週間でつくってしまう蒸溜所もあります。しかしながら懸念もあります。例えば現在、バーボン業界は樽の使用を1回に限定していますが、その規定を突然なくしたら困ったことになります。樽の値段は青天井ですよ。

I 市場は変動しますが、この規模でやっていく限りビジネスは守れると思っています。私は原料やカスクのクオリティにこだわりたい。それはウイスキー愛好家の望んでいることでもあるので、将来どんな苦難があっても乗り越えられると思っています。私たちはそろそろ新人でもなく、まだ10年に満たないという微妙な時期に入りますね。

A 今こそ革新的になって、他にはない特徴を押し出していかなければいけない時ですね。10年経ったらキルホーマンが完成するなどとは考えていません。ハイエンドのニッチな市場に参入し、製品を画一化させることなく、熱烈なウイスキー愛好者たちをターゲットにするつもりです。

I 私の考えもほぼ同じです。将来には100%秩父産のウイスキーをつくりたい。アジアの市場も成長しているので、そのようなプレミアムウイスキーを飲みたいと思う人も増えてくるでしょう。まだ具体的な青写真はありませんが、年ごとに何か特別なものを考えていけたらと思っています。

A 私たちが蒸溜所をつくったタイミングは、完璧だったと思いますよ。世界中でウイスキー愛好家が育っています。インターネットの普及が世界を大きく変えました。今や人々は、どこにいてもお互いに意見が交換できる。きっと明るい未来が待っているはずです。

 

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