カットで変わるスピリッツの香味【後半/全2回】
文:イアン・ウィズニウスキ
流れ出す蒸溜液がヘッドからハートに変わり、熟成用のスピリッツを取り出すタイミング。これが、いわゆる「カット」と呼ばれる判断の一部となる。蒸溜所によって、一定のアルコール度数に到達したタイミングでヘッドとハートを分ける場合もあり、蒸溜開始からの時間で分ける場合もある。あるいは、サンプルの品質(香りや味覚)を検証したり、さまざまな基準を組み合わせながら判断している蒸溜所もある。
このようにしてカットのタイミングを決めることで、ニューメイクスピリッツの特性が一定に保たれる。品質や香味の一貫性は、どんな蒸溜所にとっても最優先事項のはずだ。だが実際には、この例から漏れてしまう蒸溜所もある。ドーノック蒸溜所の共同創設者で、社長を務めるサイモン・トンプソンは語る。
「一貫性のある商品なんて、私には必要ありません。この蒸溜所では、製品ごとにそれぞれ異なったアプローチを試しているからです。幅広い大麦品種を使ってみたり、酵母株を変えてみたり、発酵時間を調整してみたりもします。これはさまざまなウォッシュ(もろみ)の香味プロフィールを手に入れるためにやっていること。その結果として、ヘッドとハートを分けるスピリッツカットの最適なタイミングもまちまちになってきます。その時々に、蒸溜担当者が設けている基準に従ってカットが決まります。蒸溜担当者は4人いて、それぞれがノージングやテイスティングによってカットのタイミングを判断しています」
ハートの時間や量は同じでも、タイミングが人と場合によってずれる。それがドーノック蒸溜所のカットなのだ。サイモン・トンプソンの説明は続く。
「ヘッドの最初は、アルコール度数やフーゼル油のような印象も強くて、アルコールが攻撃的に刺さってくるような感じがします。溶剤や接着剤のような要素もあります。その一方で、ウイスキーに必要な香味もたくさんヘッドには含まれています。その代表が、力強いフルーティーなエステル香。このフルーツ香にもいろいろな種類がありますが、細部は発酵までのバリエーションによって異なってきます」
ハートとテールを分かつもの
ヘッド(前溜)に幅広い魅力を持った風味が含まれていることはわかった。その一方で、テール(後溜)には別の特性があるため、慎重にタイミングを決めなければならない。ブルックラディ蒸溜所のヘッドディスティラー、アダム・ハネットが説明する。
「アルコール度数が63%に届いた時点で、ハートのスピリッツを取り出す作業は終了。ここからテールにスイッチします。もう少し長くハートを取ってもいいのでしょうが、スピリッツのカットにテールが混ざり込むリスクを冒したくはありません。数ある風味の中でも、わりと最悪な要素がテールには含まれています。機械っぽいオイリーな匂いがウイスキーに混入したら、すべてが台無しになって、取り返しが付きませんから」
ピート香の効いたスピリッツを蒸溜する時は、ハートからテールにスイッチするタイミングがさらに複雑さを極める。なぜなら一言でスモーク香といっても、いろいろな種類があるからだ。軽やかなスモーク香は、主にハート前半に現れる。その一方で、ヨードのような薬っぽい香りと、防腐剤や消毒薬を思わせる匂いは、テール間近のハート後半に現れることが多い。
このような薬っぽさがハウススタイルの一部として必要なら、微妙なトレードオフの判断が必要になる。リッチなフェノールを取り入れたいのか、機械っぽいオイリーな風味を避けたいのか。このあたりの価値観で、カットのタイミングが変わってくるだろう。ノックドゥー蒸溜所長のゴードン・ブルースが説明する。
「ノックドゥーでは、アバディーン産のピートを使っています。このピートには、灰のような木のスモーク香があります。ハートの前半で得られるのは、フルーティーなエステルとかすかなスモーク香。そこからエステル香のレベルが減少して、スモーク香の存在感が増してきます。ピーテッドモルトのスピリッツを蒸溜するときは、アルコール度数60%でテールに切り替えます。でもノンピートのスピリッツなら、アルコール度数62%で切り替えますね。この違いは、より豊かなスモーク香を獲得しながら、薬っぽいヨードのような匂いを避けるための基準でもあります」
ヘッドとテールを次回バッチのローワイン(初溜液)に加えて再蒸溜するのは、もちろん生産工程での無駄を省くという実利重視の慣例である。これによって、ローワイン(初溜液)の特性には間違いなく変化が加えられる。だがこの追加されたヘッドとテールは、ニューメイクスピリッツにどんな香味上の貢献をしてくれるのだろうか。
この謎を同条件の比較によって解明した実験がある。同じ大麦モルトを原料にしたローワイン(初溜液)で、ヘッドとテールを加えたバッチと、何も加えないバッチの仕上がりを比較したのだ。カミュをヒントにした蒸溜所なら、これと同様の実験によって、ヘッドをハートに加えた効果も特定できるだろう。ヘッドありの蒸溜液と、ヘッドなしの蒸溜液で、出来上がったニューメイクスピリッツの特性を比較すればいいのだ。
3回蒸溜と4回蒸溜
ヘッドとテールにまつわる議論は、3回蒸溜になると別の論点も現れる。スコットランドで3回蒸溜は少数派だが、オーヘントッシャンとブルックラディでは実践されている。
ブルックラディで2回蒸溜されたニューメイクスピリッツには、フローラルでフルーティーな香りが含まれている。フルーツ香の内容は、リンゴ、焼きリンゴ、洋ナシ、グースベリーなどの要素だ。このニューメイクスピリッツの一部が、3回目の蒸溜の基礎となる。つまりハートとは別にヘッドとテールが再び集められて、別途で再蒸溜に回されるのだ。アダム・ハネットが説明する。
「ブルックラディで3回蒸溜されたスピリッツは、アルコール度数80%です。とてもフローラルで、見事なまでに軽やか。穏やかな繊細さに満ちています。ただしフルーツ香はやや後退していますね」
3回蒸溜されたスピリッツは、樽詰めされて熟成期に入る。また2019年からは、3回蒸溜スピリッツの一部が、再び3回目の蒸溜のヘッドに加えられ(テールはなし)、4回目の蒸溜がおこなわれているのだとアダム・ハネットが語る。
「3回目の蒸溜から得られるヘッドは、どちらかといえばバランスを失ったフルーティーでフローラルな特異性を見せています。4回目の蒸溜にこのヘッドを加えることで、フレーバーのフレーバーが強化されるのは間違いありません。でもどのフレーバーをどれくらい強化するのかといったコントロールは難しいのです。そしてこのヘッドには不純物が含まれていないので、2回目の蒸溜から得られるヘッドと比べてもまた異なった働きを見せてくれます」
アダム・ハネットが、4回蒸溜の効果についてさらに説明する。
「4回蒸溜の工程によって、本当に軽やかでエレガントなニューメイクスピリッツが生まれます。フルーティーでフローラルな香味はさらに洗練を研ぎ澄まされて、その一方で濃厚さと押し出しは減退します」
このような蒸溜体制は、間違いなく新しいフレーバーを生み出す実験や革新のゆりかごになる。だが同時に、ニューメイクスピリッツに施した変更は、すべてが新しい疑問を生み出すことにもなる。新しいスピリッツが熟成期間中にどんな変化を見せるのか、細かく見届けていかなければならない。ブルックラディの実験も始まったばかりなので、ここからどんな違いが現れてくるのか楽しみである。
さまざまな側面から、スピリッツのカットについて考察してきた。この分野における革新の余地はまだ残されており、さまざまな実験がこれからも続けられていくだろう。ここ10年間で進んだ実験も、さらに多様な形で推し進められていくはずだ。
そのような実験は、各蒸溜所が既存の枠にとらわれない蒸溜のアプローチを見出す手がかりにもなる。コニャックの老舗であるカミュが採用してきた「強化蒸溜」のアイデア。これをうまく活用できるスコッチウイスキーの蒸溜所は現れるのか。今後の展開が楽しみである。