バーボン樽が普及する20世紀半ばまで、ウイスキーを貯蔵する樽としてはむしろ一般的だったワイン樽。それをさらに進化させたアプローチが、ジム・スワン博士のSTR樽だ。

文:クリストファー・コーツ

 

もっと最近になって、また新しいタイプのワイン樽がウイスキー業界で脚光を浴びるようになってきた。「STR樽」と呼ばれる赤ワイン樽である。シェービング(Shaving)、トースティング(Toasting)、リチャーリング(Re-Charring)という3工程の頭文字を取った特別な樽で、ポルトガルから入手することが多い。

このSTR樽は、もともと高名な蒸溜所コンサルタントであるジム・スワン博士が提唱していたアプローチである。逝去する2017年まで、スワン博士は世界中でたくさんの新しい蒸溜所建設をサポートしてきた。スコットランドでは、リンドーズアビーやキングスバーンズなどがその代表。イスラエルのミルク&ハニーや台湾のカバランにも英知を授け、イングランドではコッツウォルズとセントジョージズ蒸溜所の設立にも貢献した。

ワイン樽で熟成されるウイスキーは増えてきた。だがその種類にはSTR樽を含めた豊かな多様性がある。

理論上、STR樽を使うウイスキーメーカーは、その樽にもともと入っていたワイン自体からの影響をさほど期待していない。その代わり、ワイン樽の原料であるオーク材から風味を獲得するのが主たる目的である。このオーク材にはヨーロピアンオークとアメリカンオークの両方がある。アメリカンオークのほうが多いものの、ワイナリーの国やオークの産地によって種類はさまざまだ。

樽のサイズは、多くが伝統的なワイン樽の大きさである。つまり容量225Lのバリック樽、容量228Lのブルゴーニュ樽など。だが容量250Lのホグスヘッド樽もある。アメリカンオークのSTR樽なのに、天板をヨーロピアンオークにして熟成効果に変化を加えたタイプもある。

このSTR樽は、かつてワインに直接触れていた層が削り取られている。その下のフレッシュな層に、トーストとチャーを施しているのが特徴だ。そして面白いことに、同じように再活性化されたバーボンバレルやホグスヘッドなどの樽とは異なった特性を表現する。

これはSTR樽がアルコール度数の高いスピリッツに晒されたことがないため、たくさんの無垢な要素にあふれているからだ。ワインよりも高いアルコール度数のスピリッツに晒され、初めて解き放たれる風味の要素がまだいっぱい詰まっているのだ。そしてアルコール度数の高いスピリッツに触れた瞬間から、樽自体も変質していくことになる。

シェービングの行程で削り取られる樽材の厚さは、依頼者であるウイスキーメーカーや樽工房の考え方によってさまざまに異なる。つまりワインが染み込んだ樽材の中に残されているワインの量も、シェービングの厚みによって左右される。シェービングの目的が、ワインの痕跡をすべて消し去ることだと主張するウイスキーメーカーもいる。

この議論は心に留めておいたほうがいいだろう。なぜなら興味深いことに、STR樽は比較的短期間の熟成であっても、赤みがかったダークな色を授けてくれるからだ。その例を自分の目で確かめたいなら、キングスバーンズ蒸溜所の創設者クラブが2019年にSTR樽熟成原酒100%でつくったウイスキーを入手してみればいい。目の覚めるようなダークな色と味わいが、熟成年の若さを覆い隠しているウイスキーだ。

この鮮やかな色の原因が、トースト行程で解き放たれたタンニンなどの影響だと考える人もいる。だがSTR樽を使用する蒸溜所の一部には、樽に入っていたワインも重要な役割を果たしていると考える人もいる。シェービングを施したワイン樽の樽材には少量のワインが残されており、この残余ワインがトーストやチャーによって変質し、特有の色やアロマとなってウイスキーに影響を与えるという説だ。

この真偽の程を自分で確かめたいなら、実際にSTR樽で熟成されたウイスキーを味わってみるのがいいだろう。コッツウォルズの「ファウンダーズ・チョイス」(2018年発売)、キルホーマンの「STRカスクマチュアード・リミテッドエディション」(2019年発売)、カバランの「ヴィーニョバリック」シリーズがおすすめだ。

 

STR樽を使う目的は、ズバリ熟成の加速

 

赤ワインのSTR樽を使用することで獲得できる特性は、STR処理をしていない赤ワイン樽の効果とはっきり異なる。非STR処理の赤ワイン樽熟成は、アランがトスカーナ産赤ワイン樽で熟成した2018年発売のウイスキーでも確かめられる。またSTR樽から得られる特性は、どうやらニューメイクスピリッツに統合されるスピードが早いという主張である。それも伝統的なワイン樽だけでなく、オーク新樽よりも風味のまとまりが早いというから興味深い。

このようにスピーディーな風味の統合は、つまり熟成の加速と言い換えてもいいだろう。この熟成の加速こそ、スワン博士がSTR樽の使用によって目指したものだった。シェービング行程で樽材を削ると、樽の厚みが減る。これによって、スピリッツの酸化速度が変わっているのではないかと見る人もいる。

酸化はスピリッツの熟成における重要なプロセスのひとつだ。テイスティングやノージングなどの官能試験を実施してみても、STR樽で熟成されたスピリッツは個性にあふれている。同じようにトーストとチャーを施したオーク新樽と比べても、その味わいが大きく異なるのだ。STR処理は樽材の新しくてフレッシュな層を露出させるのが目的なので、新樽と大きな違いが出る理由はすぐに説明できない。この違いがあるからこそ、ワイン熟成の行程がSTR樽に何らかの影響を与えているのではないかという説を完全には否定できないのだ。

まだまだ議論の余地はあるが、間違いなく言えるのは、STR樽がユニークなワイン樽であるということ。伝統的なワイン樽とはまったく異なり、バーボン樽を再活性化した樽とも異なり、オーク新樽とも異なる。本当に、既存の枠には収まらない特徴を持った樽なのである。