クラウドファンディングによって設立された、サザーランドで一番新しい蒸溜所。古城の一角で働く兄弟は、伝統回帰と実験精神を見事に両立させている。

文・ガヴィン・スミス

 

風変わりな建物で運営される蒸溜所がある。スウェーデン北部のボックス蒸溜所は、旧発電所の建物を利用している。ダブリンのピアースライオンズ蒸溜所は、もともと古い教会だった。エディンバラにあるピッカリングのジン蒸溜所は、かつての動物病院の犬舎である。

だが窮屈で奇抜な場所といえば、この蒸溜所の右に出るものはないだろう。スコットランドのハイランド地方にあるドーノック蒸溜所は、ドーノック城のなかにある。もう用済みになった消防棟の一角に陣取っているのだ。ここで一風変わった方針のモルトウイスキーづくりを実践しているのが、フィリップ・トンプソンとサイモン・トンプソンの兄弟だ。一風変わった方針とは、アルコール収率よりもウイスキーの個性を重視していた時代への回帰である。

まだ十代だったトンプソン兄弟が、サザーランドのドーノックにやってきたのは2000年のこと。父親のコリンと母親のロスが、歴史あるドーノック城を購入したのがきっかけだった。ドーノック城は1947年以来ホテルとして運営されており、豊富なウイスキーの品揃えにも定評があった。息子たちはスコッチウイスキーについて学び始め、ビジネスの一翼を担おうという意欲が芽生えていった。

ホーガ社のアランビック蒸溜器が2基あり、そのうち1基は再溜釜として使用されている。

兄弟が特に惹かれたのは、1960年代から70年代にかけて蒸溜された古いウイスキーだ。情熱が高じて、いっそ自分たちの蒸溜所を建設し、当時のようなオールドスタイルのウイスキーを最高品質でつくってみようではないかという計画が生まれたのである。

2人は2016年3月にクラウドファンディングを開始し、19世紀に建てられた石造りの消防棟を本拠地とすることに決めた。3年後には250人の出資者全員にウイスキーが支給されるという約束である。蒸溜所の立ち上げには、25万〜35万英ポンドが必要だった。クラウドファンディングで調達した資金だけでなく、トンプソン兄弟は自宅を売却して資金を追加し、このベンチャープロジェクトへの本気度を証明した。

最初のスピリッツがスチルから流れ出したのは2016年12月。翌年2月よりシングルモルト用の樽詰めがおこなわれた。蒸溜所の運営は、現在わずか4人でおこなっている。全体を管理するのはヴァーリ。フィリップ・トンプソンは生産と雑用を半々でこなす。そしてもっぱらウイスキーとジンの生産に従事するのがサイモン・トンプソンとジェイコブ・クリスプだ。ジェイコブはヘリオットワット大学の醸造蒸溜学科を卒業した人物なのだとフィリップ・トンプソンが説明する。

「1960〜70年代に生産されたウイスキーのボトルをヒントにしています。あたかも古い精密機械を分解して模倣するようなリバースエンジニアリングで、昔のウイスキーのつくり方を突き止めていきました。1960年代以前のスコッチウイスキーは、設備や原料が近代化する以前の生産物であるため、現代のウイスキーと明らかに味わいが異なります。蒸溜液の個性、口当たり、トロピカルフルーツの香りなどにこだわった味わいですが、このようなオールドスタイルのウイスキーは近年非常に人気が高まっています。ウイスキーづくりは非効率な工程の連続ですが、その非効率性こそが風味をつくる鍵になるのです」

 

効率よりも風味にフォーカス

 

過去に回帰するには、原料を見直すことも必要だ。

「大麦は有機栽培のプルーミッジアーチャー種を使用して、ウィルトシャーのウォーミンスター・モルティングズ社にフロアモルティングで製麦してもらいます。個人的に思うのは、ウイスキーの生産でもっとも重要な2項目が大麦と酵母。プルーミッジアーチャー種はビール醸造化に人気の品種で、ミネラル感と酸味が特徵です。タンパク質の含有量も高いので、フレーバーづくりの幅が広げられますが、アルコール収率が低いのでコストは余計にかかります」

フィリップによると、基本的には1950~60年代の大麦品種を使用して、1950年代〜60年代の収率で生産している。セミラウター式の糖化槽が3槽あり、糖化1回分に使用する大麦原料は325kgだ。そして酵母の選択もユニークである。

「酵母を選ぶとき、ほとんどの人はフレーバーとアルコール収率の両方を重視します。でも僕たちにとって、収率はそんなに重要じゃない。とにかくフレーバーが命なのです。何十種類ものビール酵母を試して、それぞれどんな風味構成になるのか検証しました。この実験は、クラウドファンディングに参加してくれた皆さんの樽でもおこなっています。古いスコッチエールに使用されていたビール酵母などもあって種類は豊富です。酵母はすべてここで培養されています」

ヨーロピアンオーク材の発酵槽(容量各1,200L)は全部で6槽あるが、建物がこぢんまりとしているため4槽が2階に置かれている(2槽が1階)。最近のクラフト蒸溜所では長めの発酵時間が人気ではあるのだが、トンプソン兄弟の場合は規格外だ。ドーノック蒸溜所の発酵時間は7日〜10日。「ここまで長時間の発酵をすれば満足できる収率になるし、フレーバーにも優れた影響が現れるんです」とフィリップ・トンプソンが請け合う。

ドーノック蒸溜所を運営するサイモン・トンプソン(左)とフィリップ・トンプソン(右)の兄弟。まさにクラフトと呼ぶに相応しいウイスキーづくりを実践している。

蒸溜設備としては、まずホーガ社のアランビック蒸溜器が2基あるが、そのうち1基は再溜釜として使用されている。ガスの炎による直火式だ。残りの1基はまだ使用されていない。フィリップ・トンプソンが説明する。

「ここにはiStill(オランダのハイブリッド型蒸溜器)があるので、1台をホットリカータンクに使用しています。2台目のiStillにはコラムヘッドが付いていて、『トンプソンブラザーズ オーガニック ハイランドジン』の蒸溜とモルトウイスキーの初溜に使っています。直火式のアランビックだと1,000Lのウォッシュを熱するのに時間がかかるので、現在初溜には速く蒸溜できるiStillを使っているんです」

伝統回帰を標榜する蒸溜所では、カットポイントも機械的ではないようだ。

「すべてのカットポイントを嗅覚と味覚で判断しています。事前に決められた数字ではなく、それぞれのバッチがどのような状態になるのかを官能的に評価してカットを決めます。目指しているのは、ヘビーでオイリーな古いハイランドのスタイル。オイリーで蝋っぽさもある1970年代のブローラから、ピートを除いたような味わいのイメージです」

ドーノック蒸溜所の年間生産量は、現在約20万Lである。
(つづく)