グレンタレットの新たな野心【後半/全2回】
文:ミリー・ミリケン
最終的に、「グレンタレット・バイ・ラリック」シリーズは、ボブ・ダルガーノが受け継いだ貴重な原酒から別のストーリーも引き出すことになったのだという。
「いつものグレンタレットとは違い、パーソナルな要素をウイスキーに授ける経験ができました。 他の人の考え方や物の見方にもとづいて、ウイスキーの香味を組み上げていくのはまた違った難しさがありますから」
グレンタレットがマーク・ラミノーと協働を重ねるうち、ウイスキーとクリスタルガラスの職人たちがワクワクするような体験を共有できるようになった。ラミノーが造ったデキャンタの型を見て、ボブ・ダルガーノはウイスキーの香味を構想し始める。こうやって、2つの創造力がひとつの製品に結実するのだ。
「プロブナンス」に続く「プロウェス」と「パッション」の準備もスタートしている。ボブ・ダルガーノによると、どちらも同じくらいの数量となる予定だ。第2弾は樽熟成の表現が主体となり、第3弾はウイスキーづくりの技法とフレーバーの極みを示したマスタークラスのウイスキーとなる。
だがダルガーノによると、このような限定商品をつくることは最初から決まっていた。なぜなら、限られた量の原酒で出来ることは、おのずと限られているからだ。
「結局は、コレクターたちが望むグレンタレットをどうつくっていくかという問題になります。あえてマニアックな市場をターゲットにするつもりがなくても、ストックしている原酒の量が少なければ、コレクターズアイテムのようなカテゴリーに収まっていきますから」
ダルガーノは、自分らしいウイスキーづくりにこだわっている訳でもない。ウイスキーを自分好みに変えてやろうという気もなければ、その必要も感じていないのだ。大切なのは、残されたストックを持続可能な形で未来へつなげていくこと。手持ちのストックに、何か魅力を付加する形で新しいウイスキーをつくりたいと思っているようだ。
新しいコレクターたちとの対話
ダルガーノが強調するのは、グレンタレットでのウイスキーづくりが手作業を重んじていること。そして、現場のチームと一緒に汗を流す機会が多いということだ。就任して最初の数カ月は、ずっと貯蔵庫の中で過ごしたのだという。
マッカランで過ごした30年の実績は、現在どのように活かされているのだろうか。ダルガーノは、控えめな様子で「やはり経験値でしょうね」と答える。
まだマッカランに在籍している頃から、ダルガーノはグレンタレットの状況をよく調べていた。そして現職に就任後、正式にチームを編成しなおすことになった。
「自分にとっても、職場を変えるのに最適なタイミングだったんです。マッカランにもたくさんの思い出がありますが、人生には別の方向へ進むべきときもあります。かつてモルティングに打ち込んでいたときのように、大麦の生産者に近い立場で仕事がしたいと思っていました。そんなときに、ちょうどグレンタレットから話が来たんです。新しい目標のもとで働くことが、とても大切だと思いました」
マッカラン時代の経験から、ウイスキーコレクターたちの世界も熟知している。キャリア初期の1990年代後半から2000年代初頭には、まだシングルカスクがさほど持て囃されてはいなかった。だがその4〜5年後には世界中で海外旅行者が増え、ウイスキーブームの到来とともにシングルカスクや限定ボトリングがコレクションの対象になった。ウイスキーコレクターのタイプも多様化して、ウイスキーへの情熱に満ちた人から投資目的の富裕層までさまざまだ。
コレクターズアイテムとなるウイスキーには、熟成年数が重要なポイントとなるのだろうか。ダルガーノは「その時々でいろいろ変わる」と答える。ウイスキーのつくり手としては、もちろん熟成年数の重みを承知している。だがその年数も20年を超えると、コレクターの好みに左右されるのだという。
「熟成年数を表示しないノンエイジステートメント(NAS)の商品もたくさんつくって好評を博してきました」と語るダルガーノだが、やはりコレクターにとっては、年数表示が投資額に見合った品質の目安となることには違いない。
だが結局ウイスキーというものは、常に高品質でなければならず、その品質に対してリーズナブルな値付けが必要だ。ウイスキーづくりの原則に関心の高いウイスキーファンは増えている。ボブ・ダルガーノは、そんな市場の成熟を感じながら仕事するのが大きな喜びなのだ。
「ウイスキーの世界は、以前よりも本当に面白くなっています。蒸溜所に足を運んでくれるたくさんのお客様と出会えることが素晴らしい。それぞれの機会に、いろんな理由でウイスキーをお求めになる方がいらっしゃいますから」
そんな機会や理由のひとつが、ウイスキーへの投資や収集だったりする。だがコレクション用であるか否かに関わらず、ボブ・ダルガーノと蒸溜所チームは多くの人にウイスキーをとにかく味わってほしいと願っている。