ノルディックウイスキーの現在地【第3回/全3回】
文:マーク・ジェニングス
フィンランド
フィンランド人は、北欧産ウイスキーをもっとも早期からつくりはじめていたパイオニアである。その歴史は1950年代にまで遡ることができる。だが当時のウイスキーはさほど評判にならず、いつしか衰退していった。だがその後の2002年に、テーレンペリ蒸溜所が創設された。この蒸溜所は、ビール醸造とバー経営で成功した実業家が、なにか面白いことを始めようと思い立って設立したものである。
ウェブサイトには自慢気に「イチャイチャ楽しもう(good time with a flirt)」というキャッチコピーを掲げており、とてもウイスキーづくりに真剣な蒸溜所だとは思えないかもしれない。だがサステナビリティについて真剣に取り組み、木質ペレット燃料を使用した自前の発電所から再生可能エネルギーを供給している。チームは2015年の設備投資で生産量を拡大し、フィンランド最大の蒸溜所になった。現在は年間最大で16万L(純アルコール換算)を生産できる。
後にキュロ蒸溜所となるウイスキーメーカーの設立構想は、2014年に始まっていた。友達同士である創業者のグループが、そのアイデアを思いついたのはやはりサウナの中であったという。彼らはライ麦原料のスピリッツにこだわったが、これは驚くべきことでもない。
キュロのチームによると、フィンランド人は世界平均の6倍もライ麦を消費している。マーケティング担当者いわく、キュロは「残酷なまでにフィンランドらしい夢が叶った」実例だ。そんな夢を叶えたのは、大胆なアイデアを打ち出して実現するパワフルな人々である。
アイスランド
北欧産ウイスキーの締めくくりはアイスランドだ。アイスランドは長年にわたって大麦が栽培できないほど寒冷な気候だった。しかし世界的な気候温暖化によって、そんな状況も変わってきた。
アイムヴァーク蒸溜所の設立は2009年。アイスランド産大麦100%のウイスキー「フロキ」を生産している。最近になって加わった新商品もいくつかあるが、そのひとつが「シープ・ダング・エクスプレッション」だ。アイスランドでは古来から乾燥した羊の糞が熱源に使用されており、アイムヴァークはこれで大麦モルトをスモークした製麦プロセスを思いついたのだ。そのアイデアも味わいも、唯一無二であることは間違いない。
識者の声
このたびの3回シリーズで紹介したのは、北欧諸国にあるたくさんのウイスキー蒸溜所の一部に過ぎない。だが国ごとの特徴や、各国に共通する類似点なども浮上してきたことと思う。
明らかなのは、どこの国でも北欧産の穀物とオーク材に代表される地元産原材料を優先的に使用していることだ。そして熟成年数の長さにこだわらず、フレーバーの完成度を重視している点も似ている。エンジニアリングは緻密であり、環境保護に取り組む意識が高いのも北欧のウイスキーメーカーらしい。もうひとつ加えるなら、スモーキーな風味への志向も強い。だがウイスキーの味わいについて、明確に北欧らしいスタイルが確立されているかといえば、それを断定するにはまだ時間がかかりそうである。
スウェーデンのハイコーストウイスキーでCEOを務めるヘンリク・パーソンによると、現在のところスウェーデン特有のスタイルを定義することは難しいものの、やがてしっかりとしたアイデンティティが浮かび上がってくるはずだという。
「例えばデザインにもスカンジナビア特有のスタイルがあり、その中でスウェーデンらしいスタイルも認識されています。同じような特徴は、ウイスキーでもスタイルとして浮かび上がってくるのではないでしょうか」
英国でスタウニングのアンバサダーを務めているトロールズ・クヌードセンは、ただ地元産の原材料にこだわるだけでなく、その地域ならではスタイルを表現したいという強い希望が各メーカーにはあると考えている。
「それは地元のコミュニティの特徴や価値観を反映した製品をつくるということに他なりません。北欧らしいユニークな製品がつくれるのに、スコッチやバーボンの偽物をわざわざつくる意味はありませんから」
その一方で、小売店でアンバサダーを務めるビリー・アボットは別の視点も持っている。彼が籍を置くザ・ウイスキー・エクスチェンジでは、たくさんの北欧産ウイスキーを取り扱っているが、その特徴にユニークな個性があるというよりも、むしろ精神性に独自のものが見いだせるというのだ。
「北欧のメーカーは、みな伝統を踏まえながらも安易には追従せず、これまでにはない新しいものをつくろうとしています。これはまだ実現していない未来の可能性を見据えるような態度であり、過去を踏まえながらもウイスキーの未来を切り開いていけるパワーを感じさせます」
ここで紹介した多くの蒸溜所は、自国内の市場に製品を供給するので精一杯の状況だ。だがその中にも、マクミラの後に続いて世界中のバーやウイスキー専門店で取り扱われる例も増えてきている。これはかつて北欧諸国のウイスキーファンが、国産ウイスキーを見下す傾向が強かった時代を思うと重大な逆転現象であるといえる。ただし熱狂的なウイスキー愛好家のサークルやウイスキー専門のバーを離れると、一般消費者はまだ伝統的な価値観でウイスキーを評価し、リーズナブルな価格設定にも敏感である。
スウェーデンでモルトウイスキー年鑑を編纂しているイングヴァー・ロンデは、このような状況が北欧ウイスキーの市場拡大を遅らせる可能性もあると指摘する。
「自国内で消費者の関心に訴えるのは、かえって難しいという事情もあるのです。例えば、スウェーデン初のウイスキー蒸溜所ができたと聞いたスウェーデン人が「それは素晴らしい。買って支援しよう」と思うかといえば、そうでもありません。スウェーデン人はこの点でちょっと変わっているのです」
しかしビリー・アボットによると、国際市場においては、状況の展開がやや異なってくるという。「ノルディックウイスキーがたくさん生まれたことで、冒険的な世界を好む熱心な愛好家たちのサークルが出来ています。彼らは常に新しいものを求め、自分の知識の範囲を飛び出して体験することを厭いません。まだまだメインストリームとは言えないものの、明らかに壁を乗り越えてきた実感はあります」
このように国際市場で価値を認められると、各国内での評価も徐々に変わることになる。コペンハーゲンのウイスキーバー「ディスペンサリー」のオーナーを務めるリー・フィッツジェラルドは、最近の変化にとても期待している。
「ウイスキーづくりにおいて、デンマークはまだ若い国です。熟成年数でいえば、5〜8年の国産ウイスキーがたくさん出回っています。この若いスピリッツには、良質なニューメイクスピリッツの特徴である生命感やフルーツ香が他のウイスキーよりも強く感じられます。国内でつくられた良質なスピリッツについて、しっかりと認識していこうというカルチャーが育ちつつあります」
スウェーデンのマルメでウイスキーに力を入れるパブ「ビショップス・アームズ」のマルジャナ=マヤ・コズル店長は、北欧産ウイスキーの未来が若いオーディエンスの力で変わっていくだろうと予想している。
「若い人たちには好奇心があります。お金はあまり持っていませんが、その分、賢く使おうと策を練っています。私はバーで、ウイスキーの名前さえ告げずにドリンクを作るのが好きなんです。味わいを説明して、じゃあそれをちょうだい、という関係。こういうのも自分の仕事だと考えています」
まだまだ不明瞭な部分も多いが、ヘンリク・パーソンはノルディックウイスキーの将来について楽観的だ。
「中長期的に見れば、ノルディックウイスキーはジャパニーズウイスキーが確立したような地位に近づいていけるものと期待しています。品質も十分で、関心も高く、成功する要素に不足はありません。ノルディックウイスキーが世界を席巻できない要因なんて、まったく思い浮かばないんです」