地球上のさまざまな場所で、新しいウイスキーづくりが始まっている。極寒のヨーロッパ最北部に、独自のアプローチを確立させた個性派蒸溜所を紹介する2回シリーズ。

文:ジョー・フェラン

 

ワールドウイスキーの世界は、ここ数十年で地理的な拡大が急速に進んできた。いわゆる5大ウイスキーに代表される伝統的な生産地だけでなく、以前なら考えられなかったような場所でもウイスキーがつくられている。熱帯の蒸溜所もあれば、寒帯の蒸溜所もある。こんな場所でウイスキーをつくれるのかと驚くような地域に、新しい蒸溜所がいくつも誕生した。

そのような事例は、今後も増え続けていくだろう。これまでウイスキーづくりの伝統がなかった場所では、まず気候や周囲の環境が克服すべき課題となる。ハードルは高いが、その課題を乗り越えた先にはウイスキーの革新者となれるチャンスももある。

気候変動は、地球の生態系にますます影響を及ぼしている。ウイスキー製造は天然資源に大きく依存するため、環境保護への特別な意識が必要だ。そのため近年になって設立されたウイスキー蒸溜所は、それぞれの地域で環境保護活動を主導する立場になることも多い。

ノルウェーのミケンは、北の湖に浮かぶ1平方キロメートル未満の小さな島。ウイスキーづくりは、地域のコミュニティを存続させるための事業でもある。メイン写真はミケンの町並み。

大麦や水などの原料はもちろん、気候条件がウイスキーの香味に影響を与える。そのためウイスキー製造は、本質的に生産地の地理的な環境と密接に関わっている。蒸溜所は原料の信頼性を確保し、生産環境への負荷を最小限に抑えたい。だからこそ新しいウイスキーメーカーは、環境に配慮した取り組みを優先するようになる。

北極圏に近いヨーロッパの最北部にも、話題のウイスキー蒸溜所がいくつかある。このような生産拠点が、それぞれ固有の課題に直面しているのは間違いない。ノルウェー、アイスランド、フェロー諸島といった地域では、年間を通して厳しい気候が続く。創意工夫と賢明な思考がなければ、ウイスキー製造など成し得ない場所だ。

厳しい環境で立ち上げる果敢な事業は、刻々と変化する状況にも適応していかなければならない。そのためには原材料の調達からエネルギー管理に至るまで、他地域では当たり前のウイスキー製造を根本から再考せざるを得ないのである。予測不能なことが次々に起きる場所では、さまざまな困難が降り掛かってくる。

地球温暖化で各地の気温が上昇すると、かつては大麦の栽培に向いていなかった寒冷地でも新しいウイスキーの生産地になれる。このような変化は大きな可能性を秘めている一方で、気候変動がもたらす深刻な影響を思い知らされる事象でもある。イノベーションの扉を開きながら、将来のリスクを目の当たりにする。だからこそ、そのリスクを軽減するために環境負荷を最小限に抑えなければならないのだ。
 

アイスランドとノルウェーのウイスキーづくり

 
アイスランドでは、2009年に家族経営のエイムヴェルク蒸溜所が創業した。蒸溜所長のエヴァ・マリア・シグルビョルンスドッティルは、現地での大麦栽培について次のように語っている。

「歴史的な記録を遡ると、アイスランドでは1400年代まで大麦が栽培されていました。でもその後から気温が低下して、栽培できなくなったという経緯があるんです。ここ数十年の地球温暖化と農業技術の進歩によって、再びアイスランドでの大麦栽培が可能になりました。でも私たちは、あくまで地域の生態系を維持することを道義的な責任と感じています」

大麦栽培は自然環境を保全しながら維持されなければならない。それがに特化させるのではなく、それがウイスキーをつくり続けるために不可欠な要素だとシグルビョルンスドッティルは理解している。

北緯66度のミケン島は、常に太陽が地平線のそばにある。漁村として生きてきたが、ウイスキーづくりも有力な地場産業のひとつになった。

「蒸溜所で所有する畑周辺の土壌を健全に維持して、生物多様性を損ねないように注意しています。これは大麦栽培を継続するのに大切な条件です。森林再生や持続可能な水管理などにも取り組んでいます。自然環境を守りながら、私たちの事業と周辺地域の社会に長期的なレジリエンスをもたらす活動です」

このような厳しい環境で操業する蒸溜所は、ウイスキーの品質を維持しながら自然環境を守るバランスについて常に意識する必要がある。考え抜かれたアプローチによって周囲の自然環境と人間のコミュニティを保全し、少しずつ改善していくために最大限の努力をしなければならない。

ノルウェーの西岸沖に、ミケンという名の小さな群島がある。島の名を冠したミケン蒸溜所のローア・ラーセンは、この地でウイスキーをつくり始めた理由について次のように説明してくれた。

「私たちの小さなコミュニティは、1平方キロメートルにも満たない島の中にあります。そもそもウイスキーは、お金儲けのためにつくっているのではありません。もちろん事業には資金も必要ですが、地域のコミュニティを存続させるのが本当の目的なのです。ミケンは古くから漁業で成り立ってきた地域です。昔ながらの生業を大切にし、生きていくのに持続可能な量だけを自然からいただくという島の伝統を尊重しています」

エイムヴェルクやミケンなどの蒸溜所は、故郷でもある創業地の不安定な自然環境について痛いほど理解している。そのため創業の当初から、自然に配慮したアプローチを最優先にしてきた。サステナブルな事業運営は、社会の趨勢やウイスキー業界の圧力に応えたものではない。ウイスキーをつくり続けていくためには、自発的なサステナビリティへの配慮が成否を分けるのだ。

人間が旅をするのは大変だが、長期保存が可能なウイスキーなら遠くまで行ける。ウイスキーアワードでも高く評価されるミケンのモルトウイスキーは、極北の僻地というロケーションも重要なブランドストーリーになっている。

周辺環境を保全することによって、初めて自分たちの技術が活かせる。ヨーロッパ最北部で蒸溜所を運営する人々は、もれなくそんな現実を認識している。清潔な水、豊かな土壌、地域の生物多様性は、世界のどこにいてもウイスキー製造の基盤だ。だが極北の地域では、そのバランスが他地域よりずっと繊細に保たれなければならない。

「北極圏で事業を展開するには、創意工夫と環境への敬意が必要になります」

そう語るのは、オーロラ・スピリット蒸溜所のペッター・クリステンセン(CEO兼創設者)だ。北極圏に深く入り込んだノルウェーの最北部で、困難と思われるウイスキーづくりを軌道に乗せている。

「この蒸溜所の電力は、地元の滝から得られる水力発電からエネルギーの100%を賄っています。糖化が済んだ大麦麦芽は地元の牛の飼料となり、使用済みのウイスキー樽は家具やアート作品になります。さらには地元で穫れたサーモンを燻製するための木材としても再利用されています」

小さな村での生産ゆえ、ウイスキーを販売するためには国際市場に打って出なければならない。そのためオランダに中央倉庫の機能を設けて出荷物を集約しているのだとクリステンセンは語る。

「国際市場に流通させる際にも、二酸化炭素排出量の削減に努めています。ノルウェー国内では、より持続可能なアルコール流通システムの導入を提唱してきました。このような取り組みによって傷つきやすい北極圏の自然環境を守りながら、北国の地域社会を支援することもできます」

このような地域の厳しい気象条件を考えると、再生可能エネルギーの導入がますます現実的であることが理解できる。再生可能エネルギーを生かしたソリューションを慎重に導入すれば、ウイスキーの製造によって自然環境を傷つけずに済む。それだけでなく、孤立した地域社会や遠隔地に不可欠な電力を供給するライフラインにもなり得るのだ。
(つづく)