ジョニーウォーカーとバルマンの初コラボを追った3回シリーズのインタビュー。季節を表現したウイスキーに込められた至高の美意識とは?

文:ミリー・ミリケン

ジョニーウォーカーの「クチュール・エクスプレッション」シリーズは、バルマンのクリエイティブディレクターを務めるオリヴィエ・ルスタンとのコラボレーションだ。ファッションイベント「メットガラ」にあわせて、ファッション業界とウイスキー業界の人々がニューヨークに集まった。

「ファッションの強みは、時代の証言者であることです」

オリヴィエ・ルスタンは、2024年にそう語っている。テキサス州オースティンの一大イベント「サウス・バイ・サウスウエスト」で、「伝統と革新の融合」と題されたトークに出演した際の言葉だ。

エディンバラの「ヴォールト」で、原酒のチョイスに立ち会うオリヴィエ・ルスタン。パリとスコットランドの往復は、トップデザイナーに多くのインスピレーションを与えた。

ジョン・F・ケネディ国際空港へ向かう飛行機で、私はこのルスタンの言葉を思い出していた。今年の5月のことである。ニューヨークを訪れる目的は「クチュール・エクスプレッション」の発表会だ。

ジョニーウォーカーのマスターブレンダーであるエマ・ウォーカーが、当世一流のファッションデザイナーであるオリヴィエ・ルスタンと共同で創作した限定発売のブレンデッドウイスキー。春夏秋冬の四季をモチーフに、4種類で構成されるコレクションが「クチュール・エクスプレッション」である。

この取材旅行を前に、私は1週間ほど雑誌、SNS、YouTubeなどの情報源からオリヴィエ・ルスタンのことを調べていた。フランス屈指の高級ファッションブランドであるバルマンのクリエイティブディレクターとして、ファッション界では誰もがその名を知る存在。かのイヴ・サンローランは25歳でバルマンのクリエイティブディレクターに就任したが、オリヴィエ・ルスタンもサンローラン以来で初めて、同じ25歳での大抜擢となった。

ヴォーグのYouTubeチャンネルでは、素晴らしいパリの自宅ツアーが紹介されている。デュア・リパとのポッドキャスト対談を聴いて、クラウディア・シファー、ナオミ・キャンベル、シンディ・クロフォードが再結集した 2016 年春夏キャンペーンに目を奪われた。そして冒頭の言葉に出会ったのだ。ファッションの強みは、時代の証言者。バルマンとジョニーウォーカーがコラボする意義が、その簡潔な一言に込められていると感じた。
 

英仏を代表するブランドの出会い

 
今から200年以上前の1820年に、若きジョン・ウォーカーはスコットランド南西部のキルマーノックで食料品店を開業した。そこで彼は大胆な新しいウイスキーの販売方法を思いつく。当時、他のほとんどの食料品店ではウイスキーをシングルモルトの商品として販売していた。だがジョンは、その品質のばらつきに不満を抱いていた。そこで常連客のために、ウイスキーを独自にブレンドしようと考えたのだ。

そんなふとした思いつきが、世界でもっとも有名なウイスキーブランドの誕生につながった。もちろん当のジョンは、後年の成功を知る由もない。ジョンが1857年に亡くなると、息子のアレクサンダーが事業を引き継いだ。そして鉄道網の発達を機に、ウイスキーは世界中に送り出されることになったのである。

ジョニーウォーカーの歴史を背負い、膨大な原酒を采配するマスターブレンダー。エマ・ウォーカーの頭脳には、原酒のプロフィールが詳細に記憶されている。

それからほぼ1世紀後の1945年に、フランスでピエール・バルマンが自身のファッションハウスを創設した。当時はまだ第2次世界大戦が後わったばかりで、ファッションハウスの設立に必要な資材を入手するのは一苦労だったという。

だがバルマンが挫けることはなかった。ジョン・ウォーカーの一族がウイスキーの概念を変えたように、バルマンは戦後のパリで「新しいフレンチスタイル」を標榜して女性のファッションに革命を起こした。英語に堪能だったバルマンは、みずからのデザインを国際的に展開することで成功に近づいたのである。

そして2025年、両ブランドの守護者たるエマ・ウォーカーとオリヴィエ・ルスタンが手を組んだ。それぞれがジョニーウォーカーとバルマンの歴史を背負い、ブランドのアイデンティティを代弁する存在だ。この組み合わせは、まさに画期的である。ウイスキーとファッションの世界で、もっとも尊敬を集める2人の才能が、オートクチュールとブレンディングの技量を融合させたのだ。

このようにして生まれた高級ウイスキーは、存分に味わって香味を分析しなければならない。オリヴィエ・ルスタンは、開口一番こう言った。

「まるでキャンディショップにいるみたいな香りですね」

完成したコレクションをお披露目する前夜祭のディナーには、ストームジー、プリヤンカー・チョープラー、ルピタ・ニョンゴ、ハンター・シェイファー、ニッキー・ロスチャイルドといった錚々たる名士たちが臨席していた。彼らの視線が集まる中で、オリヴィエ・ルスタンはおもむろにウイスキーづくりの奥深さを語り始めた。

「このウイスキーをお披露目できるまで、とても長い道のりを歩いてきました。でもそれは、信じられないくらい素晴らしいプロセスでもありました。職人技、専門知識、あらゆる精密さが結実したウイスキーです。だからこの瞬間を本当に喜んでいます」
 

時代を先導するファッションデザイナーとのコラボ

 
デザイナーとしてのオリヴィエ・ルスタンは、ファッション業界で数十年に一人の逸材と見なされている。エッジの効いた構成力を重視しつつも、質感の柔らかさを追求し、黒と金への強い愛着でもおなじみだ。誇り高きパリジャンの視点からデザインにアプローチし、ブランドの伝統を汲みつつも常に時代の先端を表現している。

今回のコレクションは、新たに立ち上がった原酒アーカイブ「ジョニーウォーカー・ヴォールト」による初のコラボ商品となる。この「ジョニーウォーカー・ヴォールト」では、エマ・ウォーカーが管理する原酒(樽1000万本)から特に希少なゴースト樽と呼ばれる原酒を厳選し、これから500種類ものウイスキーが次々に公開される。

エマ・ウォーカーは、個々の原酒の味や質感や個性について仔細に記憶しているというから驚きだ。

「クチュール・エクスプレッション」の発表に先立ち、希望者がエマ・ウォーカーに自分の好きな食べ物、旅行先、音楽、季節感などをもとに独自のウイスキーを調合してもらう「プライベートブレンド」体験も提供されていた。

樽1000万本もの原酒ストックを集約する象徴的な空間が「ヴォールト」だ。ジョニーウォーカーの革新性と一貫性を支える巨大なアーカイブである。

この費用は5万ポンド(約1千万円)以上という高額なサービスだが、同様のパーソナルなプロセスが今回の新しい4種類のウイスキーを調合する際にも応用された。四季に対するオリヴィエ・ルスタンの個人的な解釈と体験が、最終的なウイスキーの香味と美しいバカラ製デカンタに反映されている。

ディアジオのラグジュアリーグループを率いるジュリー・ブラムハムは、オリヴィエ・ルスタンについて次のように語っている。

「最初に『ジョニーウォーカー・ヴォールト』の可能性について話し合った時から、オリヴィエはすぐ目を輝かせながらたくさんのアイデアを出してくれたんです。ブランドが進化する物語と、そのような精神が自身と共鳴する点を気に入ってくれました。そして膨大な種類の原酒を抱えるジョニーウォーカーの目的を深く理解してくれたんです」

ジュリー・ブラムハムは、そんなオリヴィエの関心と情熱を喜んだ。このパートナーシップに深く関わってくれる姿勢に感銘を受けたのである。

「本質的に個人の物語を紡ぐという性格のプロジェクトなので、圧倒的に本物の品質を目指さなければなりません。その真髄は、コラボの過程とコレクションの品質にしっかりと輝いています」

エマ・ウォーカーも、独自のウイスキーづくりについて説明してくれた。

「このヴォールトの核心は、ウイスキーを用いて人々の物語を紡ぐこと。オリヴィエは驚くほど率直で、心から誠実に臨んでくれました。彼自身の経験について、オープンに語る姿勢がプロジェクトを劇的に前進させてくれました。オリヴィエと一緒に仕事ができて光栄です。彼の言葉を受け止め、その物語を伝えるウイスキーをつくれたことに大きな名誉を感じています」

オリヴィエ・ルスタンの物語は、あまりにも波乱万丈で美しい。ボルドーに生まれ、幼少期に養子となった。成人後は、自身の民族的なルーツを探しながら、異色なルートでパリのファッション界に進出した。フランスの有名ファッションハウスでは、初めての黒人クリエイティブディレクター。古いしがらみの多い業界で、自らの道を切り拓かねばならなかった。

今ではカーダシアン一族やビヨンセらのセレブリティも、オリヴィエ・ルスタンの忠実な信奉者だ。自伝的映画『ワンダー・ボーイ』(2019年制作)では彼の半生が描かれている。肉親探しの末に、ソマリアとエチオピアのルーツが明らかになった。そして2020年には不運な事故に遭い、重度の火傷を負う。そんなオリヴィエ・ルスタンの情熱、粘り強さ、ルーツ、アイデンティティなどのすべてが「クチュール・エクスプレッション」のブレンドに反映されている。
(つづく)