英国王室を称える高級ブランド「ロイヤルサルート」が特別なウイスキーを世に送り出した。名ブレンダーとして知られるサンディー・ヒスロップが、スペインのセビージャで開発の舞台裏を明かす。

文:フィービー・カルバー

 

自分が生まれる以前につくられたウイスキーを味わう機会は、そんなに多くない。だからロイヤルサルートの新しい限定エディションに対する期待は、私の中でもかつてないほどに高まっていた。

昨年の2019年は、ロイヤルサルートにとって大きな変化の年となった。ポートフォリオには、新しい通年ラインである「ロストブレンド」と「モルトブレンド」が加わったばかりだ。ブランド生誕から67年目となる今年は、2020年代の幕開けとなる区切りの年。新しいウイスキーへのチャレンジに期待は高まる。

ロイヤルサルートのマスターブレンダーは、バランタインの5代目マスターブレンダーとしても知られるサンディー・ヒスロップ。新たな試みによって、ブレンデッドウイスキーの可能性をさらに押し広げた。

ウイスキーブランドとしてのロイヤルサルートは、1953年に創設された。そのコンセプトは、英国王室に捧げられる熟成年21年以上のウイスキーコレクション。世の中の移り変わりが速くなった現在でも、その価値観はまだ健在である。新しいニーズへの即応力を競う他ブランドとは、まるで対極のような戦略で王道を歩んでいる。

注目の最新ボトル「ロイヤルサルート 29年 ペドロヒメネス シェリーカスクフィニッシュ エディション」が公開された日、セビージャには完璧な青空が広がっていた。長期熟成のロイヤルサルートを、世界的に有名なペドロヒメネスのシェリーカスクだけで熟成した初めてのウイスキー。ロイヤルサルートの新時代を告げる意欲的なプロジェクトである。

発表イベントがおこなわれるセビージャに向けて、午前6時の飛行機に乗り込んだ。通路をはさんだ席に世界的なブレンダーが座っているのに気づいて、身の引き締まるような感じがした。そのブレンダーとは、シーバスブラザーズでロイヤルサルートなどのビッグブランドを管轄しているサンディー・ヒスロップである。

お邪魔かもしれないとは思ったが、自己紹介をする。わずか30秒ほどの会話だけで、今回のスペイン旅行が忘れられない思い出になることを確信した。まるで呼吸をするように、30年以上ひとつの仕事に打ち込んできたプロフェッショナル。その圧倒的に細やかな知識をじっくりとうかがってみたい。機内の座席が隣り合うという偶然は、天が恵んでくれた幸運のようだった。
 

ロイヤルサルートとセビージャのつながり

 
なぜ新商品の発表会をわざわざセビージャで開催するのか。そんな疑問を持った人もいるだろう。ロイヤルサルートは、華やかな社交をイメージさせる高級ブランドだ。そんな文化やエトスを象徴する都市のひとつがセビージャである。エリザベス女王が1988年に公式訪問している歴史も忘れてはならない。ブランド創設以来、ロイヤルサルートは王室外交に寄り添うことをいつも重視してきた。

イソップなど一流ブランドのパフュームで知られるフランスの調香師、バルナベ・フィリオンもロイヤルサルートのクリエイティブアドバイザーを務めている。本物のラグジュアリーブランドである証しだ。

セビージャの豊かな華やぎは、サンディー・ヒスロップが理想とするウイスキーづくりとも完璧にマッチしている。一度体験しただけで、忘れられない思い出となるようなウイスキーと街。サンディー・ヒスロップは、スペインのアンダルシア地方が新しいウイスキーづくりのヒントになったいきさつを説明してくれた。

「私たちが素晴らしいウイスキーをつくれることは、十分に評価していただいていると感じています。でもそろそろ次のレベルを目指して、チャレンジする時期が来ていました。シェリー樽のフィニッシュはできますが、これを今までにない形で徹底的にやりたい。スペインで空き樽を買うだけでなく、新樽の状態で購入して、4年間のコンディショニング期間も自前で管理する。最高品質に必要な条件を、ひとつ残らずクリアしたいと思っていました」

しっかりと吟味しながら、多彩な樽を選ぶ。それもロイヤルサルートの品質基準を満たす樽だけを使用しなければならない。シェリーによるシーズニングも自分たちの手で労を厭わずにやる。熟成期間には、じっくりと実験的な試みを進める。ご存じの通り、ロイヤルサルートは長期熟成のブレデッドウイスキーだ。手間と時間のかかる行程を疎んじることは決してない。

「ペドロヒメネスだけにこだわった商品は、過去に例がありません。実験して自分の中で合格点が出せなければ、きっぱりとやめるつもりでした。本当に納得できるもの以外は、市場には供給しないと決めていたんです。そうやってできたのが、29年熟成のウイスキーです。熟成から27年半〜28年が経った原酒をペドロヒメネスのシェリー樽に移し換えました。真剣勝負のプロジェクトでしたよ。これだけの量を、これだけの熟成年で、これだけの後熟期間で仕上げるのは前代未聞です。何よりも莫大な予算がかかりますから」
 

ペドロヒメネスへのこだわり

 
フィニッシュ用として完璧なシェリー樽を選ぶ際に、かなりの研究やテストがおこなわれたのも無理はない。

「実際の行程に使用する前に、ペドロヒメネスのシェリー樽熟成原酒をたくさんテイスティングして、画期的なチャレンジをしてみようという野望に火が着きました。もともとロイヤルサルートはリッチで贅沢な味わいなので、とてつもなく大きなチャンスがあると感じたのです」

オロロソやフィノでは、イメージした華やかな味わいに到達するのが難しい。27年間も樽熟成されてきた原酒をフィニッシュするのだから、素晴らしいフレーバーや新たな次元の表現を加味できる樽でなければならない。

セビージャのビジャ・ルイサでお披露目された「ロイヤルサルート 29年 ペドロヒメネス シェリーカスクフィニッシュ エディション」。世界で最も注目すべきブレンデッドウイスキーのひとつだ。

「そんな条件を満たすのが、特別なペドロヒメネスのシェリー樽なのです。例えば、もしこの原酒をオロロソのシェリー樽に入れたら、フィニッシュに7~9年ほどかかります。それにドライな要素がやや強すぎて、求めていた味わいとは異なるものになってしまうでしょう」

おなじみのブランドの味と異なった風味が表現されるかもしれない。限定エディションには、いつもそんな難しさがある。だが中核となる定番の要素は、サンディー・ヒスロップ自身がもっとも大切にしているものだ。

「ブランドのDNAは、すべてのウイスキーに脈々と受け継がれなければなりません。普段からロイヤルサルート 21年 シグネチャーブレンドを飲んでいるファンを、特別ボトルで当惑させるようなことがあってはいけません」

ペドロヒメネス樽での熟成期間を引き伸ばすことは簡単だとサンディーは言う。だがそれをやってしまうと、ウイスキー本来の特性を圧倒してしまう懸念があった。

「トータルの熟成期間が28年に達して以降は、4週間毎にフィニッシュの状態を確かめるようにしていました。ラボにサンプルを送ってもらい、すべてが順調であるかを確認するのです。ひとつの樽だけでなく、複数の樽にまたがってチェックし、本来の熟成期間からフィニッシュまでがブレないひとつの方向を表現できるようにしました」

最初から最後まで、この特別なウイスキーづくりはリッチで華やかな味わいを目指して遂行された。目的は達成されたと言っていいだろう。長期にわたる熟成、ひとつひとつ厳選された樽、プライベートなレストランでのテイスティング。スペイン王室の宮殿アルカサルへのプライベートツアーや、プライベートなフラメンコのパフォーマンスもロイヤルサルートの世界観を映すものだった。

このウイスキーによって描かれたさまざまなイメージは、私の心にすっかり染み込んでしまった。これから何年にもわたって、思い出すたびにうっとりさせてくれるに違いない。