ライウイスキーの未来はどこへ行くのか? そのヒントはニューヨーク州にある。新カテゴリー「エンパイア・ライ」は、小規模メーカーの取り組みから市場を拡大させた画期的なビジネスモデルだ。

文:ライザ・ワイスタック

 

小規模なメーカーにとっては、同業者の数が頼みになることも多い。そんな現状がもっとも明確に現れている地域はニューヨークであろう。ここ数年、何軒もの蒸溜所が同盟関係を結んで新しいアメリカンウイスキーのカテゴリーである「エンパイア・ライ」を定義した。このエンパイア・ライは、地元政府からの援助と承認も得られている。特別週間「ライ・ウィーク」には、数々のテイスティング会やアクティビティも開催されるようになった。

エンパイア・ライの公認シールをボトルに添付するには、いくつかの条件を満たしていなければならない。まずはウイスキーのマッシュ、発酵、蒸溜がニューヨーク州内にある単一の蒸溜所内でおこなわれていること。 原料にニューヨーク州産のライ麦を75%以上使用していること。蒸溜されたニューポットのアルコール度数が160プルーフ(80%)を超えてはならないこと。チャーを施したオークの新樽(バレル)で2年以上熟成すること。その樽に入れるスピリッツのアルコール度数は115プルーフ(57.5%)を超えてはならないこと。その一方で、100%純粋なエンパイア・ライ同士なら、2種類以上の原酒をブレンドした商品もエンパイア・ライとして認められるというルールもある。

このように小規模メーカーが自らを組織するアイデアは、先進的で素晴らしい事例となった。他の地域でもウイスキーメーカーが結集し、その地域特有のスタイルを幅広く定義することができたら、これまでになかったアメリカンウイスキーの未来の姿が立ち上がってくることだろう。

エンパイア・ライを定義する土台は、ニューヨークの豊かな歴史にあった。現在のウイスキーブームは、禁酒法時代に衰退してしまったニューヨークのウイスキーづくりを称えた動きなのだ。ブルックリンでニューヨーク・ディスティリング・カンパニーを設立し、エンパイア・ライの運動を主導したアレン・カッツが現状を分析する。

「現在、スピリッツやアルコール飲料を生産するビジネス環境は、全米でもニューヨーク州がいちばん進んでいるのではないでしょうか。法整備も協力的で、知事レベルからのサポートも大きく、ブルックリン区長も熱心に応援してくれますから」

ライウイスキーに対するアレン・カッツの取り組みは、かなりハードコアだと言っていい。ニューヨーク・ディスティリング・カンパニーは、ここ6年間にわたって「ラグタイム・ライ」を生産してきたが、市場に送出す商品はすべて3年以上の熟成を経たウイスキーだけである。

「メーカー同士の相互的な活動が始まるまでに10年もかかりませんでした。同じ地域であるという結びつきだけでなく、生産スタイルに多様性を認めようという立場でも利害が一致しています。蒸溜から熟成(熟成期間と樽の種類や大きさ)まで、それぞれのメーカーの関心や創造性にもかなりの幅があるのです」

ウイスキー生産における重大事項のひとつが、原材料に何を採用するのかという決断である。ニューヨークのウイスキーメーカーは、農家と密接に取り引きをして地元産のライ麦を調達する努力を惜しんでいない。単に地元産であるだけでなく、珍しい歴史的なライ麦を栽培する意欲も旺盛なのだとアレン・カッツは言う。

「ライウイスキーについて語るとき、歴史上の意義やカクテルとの相性を話題にするだけでなく、農業に深く関わる視点を持っていることが極めて大切です。何世代にもわたって、ライ麦はコスト効果の高い被覆作物として重宝されてきました。ライ麦の有効利用は、州全体の農業にとって大きなテーマでもあるのです。ウイスキーメーカーとして農業に貢献できるのは嬉しいし、やりがいもありますね」

 

ニューヨークから広がる新時代のライウイスキー

 

ハドソンウイスキーのブランド担当を務めるジェイコブ・チェッターも、同様に農業との協働を最重要項目のひとつと考えている。

「エンパイア・ライは、ニューヨークのテロワールを表現し、ニューヨークそのものを語る産品の象徴です。このような指標を持つことによって、今後もさらに素晴らしいスピリッツがつくれるようになるでしょう。これから5年、10年と経つうち、さらに多くのウイスキーメーカーが成長して規模を拡大し、エンパイア・ライのムーブメントが広がっていくことを楽しみにしています」

2010年に創業したキングスカウンティ蒸溜所は、創業時よりバレル数本分のライウイスキーをつくって出来栄えにも満足していた。だがアルコール収率の低さから、製品化が現実的だとは考えていなかったという。そこで当時の蒸溜担当だった ニコール・オースティンが、デイヴ・ピッカレルの協力を得ながら状況を変えるべく努力した。現在生産中のライウイスキーはエンパイア・ライの認定も受けており、同社のフラッグシップ商品のひとつにまで成長している。

キングスカウンティ蒸溜所の共同オーナーで、ヘッドディスティラーも務めるコリン・スポールマンが語る。

小規模メーカーの挑戦から、新しい水準のライウイスキーが生まれた。進化した元祖アメリカンウイスキーが、世界中のファンを魅了する時代は遠くない。

「ライウイスキーの生産量は年を追うごとに増やしていましたが、その増加量はほんのわずかなものでした。でも今年はまるで違います。現在は2ヶ月がかりで25トンも生産していますよ。何しろ現在もっとも需要の高いウイスキーなのですから」

長年にわたって専門家の立場からウイスキー業界を見つめてきたスポールマンも、ライウイスキーがここまで大きく復活すること予想できなかったと告白する。

「物事をよくわかっていませんでした。商業的なライウイスキーの70%はMGPが生産していて、残りはケンタッキー産です。しかもケンタッキー産はかなりコーン比率が高いはず。ペンシルベニア産のライウイスキーが衰退してから、かなり長い年月が経ちました。継続的に地域の伝統を受け継いでいるアメリカンウイスキーといえば、ケンタッキーバーボンかテネシーウイスキーしかないという状況だったのです。ニューヨークでライウイスキーを復活させる事業には責任を感じていますが、同時に大きなチャンスも見出しています。これは大規模メーカーができない種類のムーブメントですから」

思索するディスティラーといった印象のスポールマンは、これから起こる業界の変化についても詳細に分析している。

「ライウイスキーには、そんなに熟成年数が必要ないという先入観がまだ一般的ですね。これまで長期熟成の有名なライウイスキーはそんなにありませんでした。長期熟成のライ原酒を保持しているメーカーもないと思います。どんな味になるのか、まだ誰もわかっていないから挑戦する価値があるのです」

スポールマンが準備中の新しい味わいは、いずれ世界を驚かせることになるかもしれない。