フランク・シナトラとジャックダニエル【後半／全2回】

文：クリス・ミドルトン

1967年にニューヨークのコパカバーナ・クラブで公演していたフランク・シナトラは、ショーや私用のジャックダニエルを確保できないことが増えていた。当時のジャックダニエルは需要に生産が追いつかず、全米で販売量を制限していた時期である（この供給不足は1978年まで続くことになる）。あるシナトラのマネージャーが、この問題をアンジェロ・ルッケージに相談した。

映画『シャイニング』でも、主演ジャック・ニコルソンの狂気を呼び起こす小道具としてジャックダニエルが登場する。メイン写真は『セント・オブ・ウーマン／夢の香り』でジャックダニエルを飲むアル・パチーノ。

ルッケージはジャックダニエルの営業マン第1号で、1953年10月からジャックダニエルのセールスに携わっていた人物だ。ジャックダニエルに務める以前、ルッケージは「ハット」ことダン・マットローの手伝いをしていた。ハットはジャック・ダニエルの再従兄弟で、3人の兄弟とともにジャックダニエルの株主でもあった。禁酒法後の1940年にウイスキー市場が再開して以来、販路の拡大に務めてきた功労者である。マネージャーから相談を受けたルッケージはすぐに動き、シナトラが楽屋でステージでいつでもジャックダニエルを飲めるよう潤沢にボトルを確保した。

シナトラは大好きな品不足のウイスキーを受け取って大いに喜んだ。そこには蒸溜所の連絡先も添えられており、この粋な計らいに感動したシナトラは、ルッケージに私用の電話番号も教えて、それ以降は二度とジャックダニエルを切らすことがなかった。シナトラとルッケージはすぐに親友となり、シナトラはルッケージによってジャックダニエルへの愛を誓った人々の会員制クラブ「テネシー・スクワイア」に推薦された。

会員が得られる特権のひとつは、ジャックダニエルの本拠地リンチバーグで、小さな区画の土地を保有できること。シナトラはこのプレゼントを気に入って、自分がジャックダニエル蒸溜所内で1エーカーの土地を保有しているのだと友人やメディアに自慢した。だが実際に会員が与えられるのは1平方インチの土地だったので、シナトラにはあらためて1エーカー分が割り当てられた。
 

ブレザーに縫い付けられた謎のエンブレム

 
シナトラが海外公演をするときは、必ず何ケースものジャックダニエルが航空便で運ばれるのがならわしだった。1962年にロンドンに降り立ったとき、シナトラはブルーのブレザーを着ていた。ポケットに縫い付けられた「JDカントリークラブ」のエンブレムを見て、英国のメディア関係者たちは、きっとどこかの王室の紋章なのだろうと推測した。 大スター、フランク・シナトラのアメリカ人らしい素朴さを示すエピソードである。

ヘロイン中毒を克服する際に、ジャックダニエルが役立ったと語っているキース・リチャーズ。ブラックラベルは彼のパーソナリティを象徴する存在だ。

フランク・シナトラの死後14年が経って、2012年10月に「ジャックダニエル シナトラセレクト」が発売された。シナトラの資産やライセンスを管理するフランク・シナトラ・エンタープライズと提携し、シナトラとジャックダニエルのユニークな関係を記念したウイスキーである。中身は60年前のジャックダニエルを繊細に表現したスーパープレミアムクラスのウイスキーで、アルコール度数は45％。樽内での熟成期間を延ばし、オーク香とスパイス香をわずかに増した味わいが特徴だ。

かつて1940年代のジャックダニエルは、40ガロンの樽で熟成されていた。これは標準的な53ガロンの樽よりも小さいので、樽材の香りがより濃厚になる。新しい技術を使って、樽工房では樽材の内側に細かい溝を彫り込んだ。こうすることでウイスキーと樽材の接触面積が増え、オーク材由来の香味がほんの少しだけ濃厚に仕上がるのである。

1915年12月12日には、フランク・シナトラの生誕100年を祝った記念ボトル「ジャックダニエル シナトラセンチュリー」が発売。これは樽100本分の原酒を100プルーフ（アルコール度数50％）でまとめたウルトラプレミアムクラスのウイスキーである。これに続く第3の商品として、「ジャックダニエル シナトラセレクト」が現在もポートフォリオの一角に入れられている。 

シナトラ亡き後のジャック信奉者たち

 
溢れんばかりの才能に恵まれ、一匹狼のエンターテイナーとして活躍したフランク・シナトラ。その人生は、男くさい危険な香りにも満ちていた。お洒落なタフガイのイメージは人々に模倣され、ジャックダニエルもいつしか男らしいウイスキーブランドとして人々に意識されるようになった。

デイヴィッド・リー・ロスもジャックダニエルの信奉者。ロック界では楽屋に常備するウイスキーの定番銘柄だ。

出演した何十作ものハリウッド映画に、シナトラは率直で、勇敢で、エキセントリックな登場人物としてキャスティングされている。西部劇のポール・ニューマン、『ア・フュー・グッドメン』のトム・クルーズ、『セント・オブ・ウーマン／夢の香り』のアル・パチーノ、『シャイニング』のジャック・ニコルソンらもその類型とみなしていいだろう。

銀幕の中で、ジャックダニエルはただの小道具ではなく、内なる精神の力を印象づけるために使われてきた。そんな作品中でのイメージ戦略に、ジャックダニエルはみずから出資したことがない。ファンのイメージを操作することなく、ありのままを清廉潔白に保っていくポリシーなのだ。

ジャックダニエルの反逆的なイメージは、バイカーやロッカーとの親和性も強い。ローリング・ストーンズのキース・リチャーズ、ヴァン・ヘイレンのデイヴィッド・リー・ロス、エイミー・ワインハウスらもジャックダニエルをこよなく愛してきた人々として記憶されている。

現在でも、多くのロックバンドが楽屋やホテルのスイートルームにジャックダニエルの常備をリクエストする。ロック界では、もう定番といっていいほどのアイテムなのだ。たとえメンバーがお酒を飲まないバンドでも、そこにジャックダニエルがあるだけで安心する。これぞスターの影響力であり、スターに愛されるウイスキーのパワーなのである。