独立系ボトラー、シングルカスク、オンラインコミュニティ、産地表示のルール作り。ウイスキー新興国として成長するスペインは、さまざまな問題を乗り越えながら未来を切り開いている最中だ。

文:フェリーペ・ シュリーバーク

 

国内最大手のデスティレリアス・イ・クリアンサ・デル・ウイスキー(DYC)を別にすれば、スペインでもっとも長い間にわたってウイスキーを生産してきた蒸溜所は、アンダルシア州のグラナダにあるデスティレリアス・リベール(リベール蒸溜所)だ。さまざまなスピリッツを生産しているが、ウイスキーはシングルモルトの「エンブルーホ(Embrujo)」(スペイン語で「魔力」の意)のみだ。

エンブルーホは2007年に4年熟成のウイスキーとして発売されたが、当初はその名の通りの魔力で消費者を魅了することができなかった。これは社長のフラン・ペレグリーナが正直に認めるところである。しかしさまざまな失敗から学び続け、エンブルーホは進化してきた。現在の状況に、ペレグリーナは報われた思いもあるのだという。

ビルバオ郊外のバスク・ムーンシャイナーズは、小規模なスパニッシュウイスキー蒸溜所の代表格。小型のスチルで品質重視の生産方針を貫いている。メイン写真は、スペイン最大手メーカーのDYC。

「最近、コスタ・ブラバのビーチ沿いにあるホテルで過ごす機会がありました。感染症拡大の対策が一段落した短い時期を縫うようにして、バカンスに出かけたんです。そこであるレストランに立ち寄ったら、いちばん最初に発売したエンブルーホのボトルが1本置いてありました。つまりはこの13年間、誰にも飲まれずに残されていたのです」

ペレグリーナは、そのエンブルーホを注文して味わってみた。

「その不味さといったら、信じられないほどでしたよ。ある意味で、ほろ苦い体験でしたね。自分はこんなひどいウイスキーを発売していたのかと恥じ入りました。でも同時に、あの手探りのスタート地点から、ようやく自分でも誇れるようなウイスキーが生産できるようになったのだという自負も感じました」

リベールでは、ウイスキーの熟成に幅広いタイプの樽を使用している。その中には、ボデガス・エレデロス・ニコラス・マーティンから仕入れた大きめのシェリーバットもある。またそれよりも小さなコニャック樽、バーボン樽、ポート樽なども使用している。

スパニッシュウイスキー業界には、自前でウイスキーを蒸留せずに成功を収めているブランドもある。エンブルーホで失敗したフラン・ペレグリーナは、その償いの意味もあって、リベールのウイスキーで他社にも成功の道を開きたいと願っている。その一例が、デンマーク人のヤン・フィスティーセンが設立したスパニッシュ・ウイスキー・クラブだ。

このクラブでは、リベールの原酒を樽単位で買い上げて、シングルカスク商品としてボトリングしている。これらの商品はスペイン産のシングルカスクウイスキーとして熟成年数が最も長く、そもそも唯一のスパニッシュシングルカスクウイスキーだ。そのほとんどが北欧市場で売られているのだという。リベールが取引しているボトラー系のウイスキーブランドにはサックマンもあり、8年熟成と12年熟成のモルトウイスキーを発売している。

さらにビルバオ郊外のバスク・ムーンシャイナーズは、全く新しい試みにも足を踏み出している。それは外国からウイスキーを輸入し、自前の熟成原酒とミックスすることで新しいブランドを作るというものだ。このインターナショナルブレンドの第1弾には、スコッチウイスキー(ノンピートとピーテッドの2種類)が使用される。他にも「スパニッシュ+アイリッシュ」や「スパニッシュ+アメリカン」といった組み合わせのウイスキーが開発予定だ。
 

さらなる成長に必要な条件

 

ビルバオ在住のマヌ・イトゥレグイがオーナーを務める「ルネッサンス・カフェ」は、開店から18年を迎えるウイスキーバーだ。イトゥレグイはバスク・ムーンシャイナーズのブランドアンバサダーとしても活動しており、ブレンディングチームの一員でもある。

3年前にルネッサンス・カフェが開店15周年を祝ったとき、イトゥレグイはベリー・ブラザーズ&ラッドとのコラボレーションを実施した。オークニー諸島の蒸溜所から取り寄せた15年熟成のシングルカスク商品で、これはおそらくスペインの独立系ボトラーとして初めてシングルカスクのスコッチウイスキーをボトリングした先駆的な事例となるはずだ。

ビルバオのウイスキーバー「ルネッサンス・カフェ」のオーナーを務めるマヌ・イトゥレグイ。ウイスキーづくりにも関わりながらスパニッシュウイスキーの普及に力を入れている。

スペインの小規模ウイスキーメーカーは、生産のスタイルもフレーバーもまちまちだ。それでも各社に共通の困難と利点がある。ウイスキーに対する消費者の考え方が変化し、市場での競争は激しくなっているからだ。

まずは小規模メーカーに共通の利点から考えてみよう。ウイスキーバーを経営するマヌ・イトゥレグイや、ウイスキーブロガーのエマ・ブリオネスブリオネスなどの伝道者による啓蒙も手伝って、スペインの消費者はウイスキーに関する知識が以前よりも増えた。その結果、高品質なスピリッツに関する知識欲もまた多様化の一途を辿っているのだという。イトゥレグイによると、バーで用意するウイスキーメニューは、ここ数年で着実にそのバラエティの幅を広げている。

「最初は、ほんのわずかのセレクションから始まりました。でもこの取り組みが本気だと認めてくれたウイスキーブランドの人たちが、より豊富なウイスキーをバーで取り扱えるように協力してくれたんです。また私たちが特別なボトルだと見なした商品を入手するのも容易になってきました。卸売業者の知識や能力も上がっており、この国にたくさんのセレクションを紹介できるようになっています」

ウイスキーファンたちはSNSなどを駆使してオンラインで繋がり始め、英語を解さないウイスキーファンでもウイスキーに関する教育的な知識を手に入れられるようになった。ブリオネスは興味深いトレンドについて指摘している。

「スパニッシュウイスキーファン同士が、 Facebookのグループ機能などで繋がり始めました。英語で書かれたウイスキーファン向けのニュース記事を選りすぐり、Googleの機能でスペイン語に翻訳したりしています。そんな翻訳記事がグループページによく掲載されているので、今では誰でもウイスキーに関する情報に簡単にアクセスできるようになったのです」

このようなウイスキーファンが、新しいスペインのブランドにもどんどん興味を持ち始めている。そのようなファン層の大半は、積極的に話題のスパニッシュウイスキー商品を購入して、その味を試してみたいと思っているのだ。

今回の3回シリーズで紹介したウイスキー蒸溜所は、カナリア諸島を含む広大なスペイン国内の各所に点在している。さまざまな気候条件に育まれ、独自の個性を表現した味わいに注目が集まる。

だがウイスキーというものは、どこでつくっても安く上がる製品ではない。比較的安価なスコッチウイスキー(シングルモルトを含む)やDYCが発売する国産ウイスキーが存在する以上、スペインの小規模メーカーも、市場価格の実勢にあわない値付けをしないように留意する必要はある。この条件のせいで、生産コストがかさんできても、販売価格を低く抑えなければならないというプレッシャーが各ブランドに押しかかる。そして本当に高品質なスパニッシュウイスキーがつくれたとしても、すでに知名度のある高品質なスコッチウイスキーとの競争が待っている。

もうひとつの困難は、EUが定める比較的ゆるい規制を除けば、「スパニッシュウイスキー」というカテゴリーを定義する法律がまだ存在しないことだ。ちなみにEUのルールがスペイン国内のルールに置き換わる前は、ラベル上でウイスキーを「güisqui」と綴ることもできた。スパニッシュウイスキーの明確な定義がない以上、これまでジャパニーズウイスキーが悩まされてきた問題が浮上してくる可能性もある。つまりスペイン国外で蒸溜されたスピリッツを輸入して、「スパニッシュウイスキー」を謳ったラベルでボトリングできる余地が残されているのだ。

イトゥレグイによると、この問題に直接関係しているブランドがいくつかあるという。

「業界全体で合意すべきルールの制定が必要ではないかと話し合ってきました。この交渉には、大手のDYCを巻き込む必要があります。大企業が発言することで、中小企業が従っていくということはありますから。例えばベルモット業界では、小規模なメーカーが主導権をとって有名ブランドを議論に巻き込み、必要な改革を遂行できました。これと似たようなケースにできたらいいなと願っています」

ともあれ、スペインにおけるウイスキーの未来には明るい光が差している。ウイスキーファンの層が拡大し、先進的な生産者が次々に現れていることから、ウイスキーカテゴリーの隆盛は約束されたようなものだ。新進のクラフト蒸溜所が着実に成長を刻むことができたなら、スパニッシュウイスキーファンには今後もたくさんの楽しいニュースが待ち構えていることだろう。