国際空港のウイスキー市場【前半/全2回】

November 13, 2015

国際空港は、長きにわたってウイスキー販売の激戦区である。アイルランドでひっそりと始まった免税店販売の歴史をひも解き、大手ブランドの販売戦略を紹介する全2回のリポート。

文:ジョー・ベイツ

 

おすすめの空港1:シンガポール・チャンギ国際空港 ターミナル3でDFSグループが運営する2階建てのワイン&スピリッツショップは、ウイスキー愛好家にとって宝探しのような場所。ジョニーウォーカー、ザ・マッカラン、グレンフィディックは店内に各自のコーナーを持ち、レアな特別商品を並べている。モルトも50種類以上あり、ポートエレンなどのすでに閉鎖された蒸溜所のシングルモルトや、白州や山崎といったジャパニーズウイスキーも手に入る。

ウイスキーと免税店は、長らく不可分の関係にあった。ウイスキーのように引火性の高い製品が、重くて壊れやすいガラスのボトルに入れられて飛行機に積み込まれる問題は解決されていない。それでもここ数十年の間、スコッチウイスキー、香水、菓子類を含む免税品の売上げは、空港の収益の一部として重要なものとなってきた。この収益によって空港使用料の引き下げが可能になり、航空会社は航空券を値下げできる。そのようにして世界中の人々を海外旅行へと駆り立ててきたのだ。

空港のショップ、フェリー、クルーズ船、飛行機の機内販売などを合わせると、免税店はいまや世界で7兆2000億円を超える巨大なビジネスだ。この免税品販売は、意外なほどに質素な成り立ちを持っている。1947年、世界初の免税店はアイルランドのクレア州にあるシャノン空港にできた。初期のピストンエンジンを搭載した当時の飛行機は、往復とも給油のためにこのアイルランド西岸にある吹きさらしの空港に立ち寄らなければならなかった。疲れた乗客たちはそこで四肢を伸ばし、アイリッシュコーヒーで体を温めるのがならわしとなった。

囚われの身となっている人々からさらに数ドルをせしめようと、世界最初の空港免税店をオープンさせたのは、この空港のケータリング担当だったブレンダン・オリーガン氏である。乗客たちはすでに出国審査を通過しているのだから、出発地の諸税は適用されないと主張して免税価格で物品を販売すると、掘っ立て小屋のような店舗はすぐに売上げを伸ばし、数年後にはアイリッシュウイスキーが販売品目に加えられた。

当時はまだ、すべての国の関税担当機関が免税店に協力的なわけではなかった。英国の税関局が出国手続き後の酒類販売を認めたのは1959年になってからである。米国内では今でも店頭で購入したボトルをそのまま手荷物として機内には持ち込めない。セキュリティ担当者が密閉した袋入りの商品を搭乗口で手渡すのだ。素敵な商習慣とはいえないが、 おそらくこれも米国本土の免税品販売が伸び悩んでいる理由のひとつであろう。

70~80年代にヨーロッパでパック旅行が台頭すると、免税品店の人気は急上昇する。ウイスキーに関していえば、初期の品目は人気のブレンデッドウイスキーにほぼ限定されていた。免税品を買う目的が、主にお金の節約であったからである。

しかしヨーロッパでは、薄利多売の時代もすぐに終わりを迎える。免税品販売は単一市場であるべきEU市場の原則から逸脱していると考えたブリュッセルのEU官僚たちが、1999年に人々の反対を押し切って免税品制度を撤廃したのである。多くの旅行者たちは、空港でのショッピングが完全になくなるだろうと予想した。

 

免税品から、トラベル・リテールへ

 
だが彼らの予想に反して、空港販売は生き残る。EU内の免税店は少なくとも「トラベル・リテール」として温存されたのだ。販売店とブランドオーナーは、利幅を削ることで街場の店よりも安価に商品を販売しようと努力を続けた。今世紀に入ってすぐ、この産業の中心はヨーロッパから世界の他地域に移行する。現在はロシア、インド、中南米、アジアなどの新興市場が活況で、特に初めての海外旅行に憧れる中国の新富裕層に関心が集まっている。

そして今やトラベル・リテールを無視するウイスキー関係者はいない。それどころかマーケティング責任者たちはこの680万ケースを売り上げる市場を「第6の大陸」と呼び習わしている。全世界の免税店におけるスピリッツの売上中、ウイスキーが占める割合は実に44%。スコッチウイスキー全体の売上の7%は免税店によるものだというから馬鹿にできない。シングルモルトだけ見ても、世界の10本に1本のウイスキーは免税店で購入されている。

好調の理由のひとつには、ここ10年間で飛行機旅行が驚くべき成長を遂げたことが挙げられる。仕事や観光で飛行機に乗るのは多くの人にとって当たり前のことになり、昨年は世界人口の44%にあたる330億人が飛行機で移動した。

ペルノ・リカールでヨーロッパのトラベル・リテールを管轄するクリスティーナ・カルムエハ氏は、シーバス・ブラザーズの売り上げの11%が免税店での販売によるものだと明かしたうえでこう語った。

「旅行者の急激な増加によって、トラベル・リテール市場は数年先まで活況が見込まれています。2013年に外国旅行をした人は10億人以上で、世界人口の15%にあたります。私たちは主要な販売店と提携し、空港を戦略的に選んで専用の新商品を開発し、オンラインも駆使して市場を活性化していく予定です」

また、実際に過去5年間で56種類のトラベル・リテール市場専用の新商品をリリースしているのがウィリアム・グラント&サンズだ。グローバル・トラベル・リテールの部門長を務めるイアン・テイラー氏が語る。

「トラベル・リテールは全社的な成長にとって極めて重要な部門。特にウイスキー部門は価値が高く、私たちの幅広いラインナップを世界中の人々に知ってもらうためのチャンスなのです」

(つづく)

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