トマーティン蒸溜所の大躍進【後半/全2回】
ブレンデッド用のバルクウイスキーを主力とする大規模生産から、高品質なシングルモルトウイスキーへと大きく舵を切ったトマーティン。昔ながらの家族的な経営と誠実な方針を守りつつ、未曾有の改革に成功した理由を解き明かす。
文:ステファン・ヴァン・エイケン
トマーティンの蒸溜棟には、かつて23基ものスチルがあった。内訳は初溜釜12基と、再溜釜11基である。建物の設計上、再溜釜は11基までしか収容できなかったらしい。2000〜2001年に、およそ半数のスチルはスクラップ金属として売却処分。現在は全部で12基のスチルがあり、そのうち10基が現役で稼働している。初溜釜6基と再溜釜3〜4基という構成だが、ほとんどのスチルは1974年製で、部品を交換しながら現在も使い続けている。
興味深いことに、初溜釜と再溜釜はサイズ(約15,000L)も形状(バルジ型)もみな同じである。蒸溜棟にはコンピューターのスクリーンがあるが、ただのリモートコントロール用らしい。工程をコンピューターで制御している訳ではなく、あくまでスタッフの手作業が主体なのだとグレアムは語る。
「オートメーションとマニュアルのハイブリッド方式です。これでちょうどいい具合に一貫性が崩れ、品質のバリエーションが生まれて面白いウイスキーがつくれる状況になります」
スチルの工程管理について説明するため、グレアムは初溜釜の脇にロープでぶら下げられている木製のボールを指差した。
「初溜釜には窓がないので、内部の様子がわかりません。そこでスチル内で蒸溜中のウォッシュの状態をチェックするため、このロープを揺らしてスチルのヘッドに木製のボールを打ち付けるのです。その音を聞けば、ウォッシュがある一定の段階に達したかどうかがわかります。音を頼りにしながら、必要であれば熱を調整するようにしています」
年間を通して、トマーティンは主にノンピートのモルトを蒸溜する。だが冬になって年末に差し掛かると、蒸溜所内にピートのスモーク香が立ち込めるようになる。このピーテッドモルトを蒸溜したウイスキーブランドが「クボカン」だ。グレアムの説明によると、もともとトマーティンではライトな15〜18ppmのピーテッドモルトを使用してきたが、3年前からピートのレベルを38ppmにまで引き上げた。「こうすることで、より柔軟性を持ってウイスキーがつくれるようになりました。ノンピートとピートのブレンドを調整すれば、これまで通りのクボカンもつくれます。それに加えて、将来もっとスモーキーなタイプのウイスキーをつくりたくなったら、ブレンドで自由に風味を変えられますから」
蒸溜所には、小さな樽工房もある。製材から樽を組み上げたり、チャーを施したりする設備はないが、簡単な修繕や組み換えなら自前でできる。現在のところ、樽の構成は70%がバーボン樽で、15〜20%がシェリー樽。残りがワイン樽、オーク新樽、それ以外のタイプで占められる。
「自分自身、シェリー樽の大ファンという訳でもないんです。個人的にはバーボン樽が好みですね」
貯蔵庫は蒸溜所の敷地内に14棟あり、全部で200,000樽が収容できる。現在の総数は176,000樽を少し超えたくらい。新しい樽は毎年5,000本ずつ追加される。14棟ある貯蔵庫のうち、12棟はラック式で、2棟はダンネージ式だ。
すべての樽は、2010年以来バーコードで管理されている。さらに2012年からは、樽の種類をヘッドの色で分類するようになった。色付けのない樽はファーストフィル。赤がセカンドフィル。グレーがサードフィル。黒が詳細不明の樽で、黒に緑のリングがあれば「セレクション」あるいは「高品質のブラック」を意味する。このカラーコーディングは、カスクをボトリングに使用する際の二重チェックにも役に立つ。
グレアムが「囚われのトマーティン」と呼んでいる蒸溜所最古の樽がある。樽詰めされたのは1967年で、ちょうど50年となる今年はボトリングの有力なタイミングと見てもいいだろう。少し新しいところでは1971年、1972年、1973年の樽もある。ここ数年、トマーティンは他の蒸溜所の手に渡った古いトマーティンの樽を、新しく樽詰めしたスピリッツと引き換えに返還してもらう活動を続けてきた。グレアムによると、もうかなりのストックが確保済みのようだ。欠けている年は、トマーティン蒸溜所でウイスキーがつくられなかった1986年のみである。
家族的な経営スタイルを変えずに躍進を実現
蒸溜所の敷地内にはトマーティンが所有する30軒もの住宅が建っており、従業員の大半がそこに住んでいる。グレアム自身は、その数少ない例外の1人だ。ポートゴードンで購入した夢のマイホームを離れたくないので、片道100kmもの道のりを毎日通勤しているのだという。蒸溜所内では従業員の家族が育ち、仕事が家族間で受け継がれることもある。グレアムが冗談めかして言う。
「ここトマーティンでは、縁故主義がまだまだ健在ですよ。ネガティブな面もないとはいえませんが、それを上回る恩恵があります。一生働ける仕事を保証することはできませんが、今の時代にこんなシステムは望むべくもありません。下請け仕事であるということを別にすればね」
そしてトマーティン蒸溜所の職業倫理においては、チームワークが何よりも重んじられる。
「スコットランド人は、あまり仕事への情熱みたいなものを表現することを好みません。でもよくよく掘り下げて観察すると、情熱は確かにあるのです」
トマーティンのチームワークの一例が、ビギナー向けの銘柄「トマーティン レガシー」のつくり方だ。グレアムが選んだ樽のストックから、まず6種類のレシピが考案される。これが4種類に絞り込まれた後、蒸溜所で働くスタッフ全員にそれぞれのレシピを試飲してもらい、いちばん人気のあるものを投票で選ぶ。真の民主主義ともいえる手法で選ばれたサンプルが、公式に「レガシー」として発売されるのである。
ここ何年かで、トマーティンはバルクウイスキーの供給元というイメージを払拭し、高品質なシングルモルトのメーカーとして知られるようになってきた。
「今でもブレンデッドの会社にウイスキーを販売しているし、生産するウイスキーの20%はニューメイクのまま他社に販売します。それでも自分たちの運命は、ようやく自分たちで決められるようになりました」
かつてのトマーティンは、トップブランドから水を開けられている印象もあった。それが変わったのは、ブランディングの大幅な見直しをおこなった2014年のことだ。入門レベルからスーパープレミアムまで、1年がかりで全商品ラインをリニューアル。このデザインの改革についてグレアムが説明する。
「もともとパッケージがあまりにも堅苦しくて、ブランドの実体をうまく表現していなかったのです。でも今では、トマーティンの特徴を表したデザインになりました。その特徴というのが、まさに穏やかなハイランドモルトのイメージです」デザインは変えたが、価格は変えないという方針も功を奏した。トマーティンの価格は、今も昔も変わらず適正である。昨年はトラベルリテール限定品のラインが発売されたが、品質と価格のバランスに称賛の声が相次いだ。グレアムが方針について説明する。
「熟成年を伏せたノンエージステートメントの商品や、充分な熟成年に達していない商品は販売しません。なぜならトラベルリテールは消費者にトマーティンの品質を知ってもらう重要な販売チャンネルのひとつだからです」
日本のトマーティンファンは、スコットランドで発売直後から大絶賛を浴びている限定エディションの「ザ・ファイブ・バーチャーズ」を楽しみにしていることだろう。「第6貯蔵庫コレクション」からのリリース第2弾も見逃せない。
そしてもしこれからスコットランド旅行を計画されているのなら、トマーティン蒸溜所をコースから外す理由はもはや見当たらない。レンタカーでも公共交通機関でもアクセス至便で、蒸溜所ツアーも素晴らしい。蒸溜所ショップでは、いつも直接ボトリングできる樽のセレクションを用意している。他の蒸留所のような、内壁をプラスチックで覆った見せ物ではない。みなボトリングの直前までウイスキーを熟成し続けている本物の樽だ。
トマーティンでは、目にしたものをそのまま信じても差し支えない。この飾らない誠実さは、成功を収めた今でも折り紙付きなのだ。