トラベルリテール市場の概況【前半/全2回】

December 12, 2016


世界各地でのセールスとは別途に、ウイスキーメーカーがさまざまなアイデアでしのぎを削るトラベルリテール市場。ファン注目の「トラベルリテール限定ボトル」を目玉に、国際空港で展開される各社の戦略を2回に分けて紹介する。

 

文:ジョー・ベイツ

 

あらゆる事情を総合的に考えると、デューティーフリー業界の2016年は大成功から程遠かった。イギリスでは、不当に高額な商品で旅行者を騙す空港のショッピング事情が何度も新聞で槍玉に挙げられた。酔客の問題行動も増え、政府は空港での営業許可に関する規定の見直しを発表。さらに通貨変動、テロ攻撃、世界の新興市場の低迷などもあって、業界をとりまく状況はたいへん厳しいものがある。

だが乗客の一人として見れば、依然として空港は素晴らしいウイスキーが購入できる便利な場所だ。予算が5千円でも5万円でも変わりはない。ただしお得な値段で買い物をするのが主目的なら、旅行前に下調べをしたほうがいいだろう。多くの空港や空港ショップは公式ウェブサイトやスマホのアプリまで用意しているので、街場の店やオンラインショップと値段が比較できる。また多くの場合、オンラインの事前オーダーも可能だ。商品は帰りの便で受け取ることができるので、重たいボトルを旅行中ずっと持ち運ぶような事態も避けられる。

いわゆる「トラベルリテール限定」のシングルモルトは、バリエーションを増している。多くは熟成年を表示しないノンエイジステートメント(NAS)であり、すべてがおすすめ商品といえるわけではない。値段に見合わない未熟なウイスキーが、空港の商品棚にはたくさん並んでいる。かくいう私も限定品という言葉に目がないのだが、どんな空港でも気になるボトルは店内のテイスティングを利用して、自分の味覚に相談することをおすすめしたい。

嬉しい傾向もある。独立系の中小メーカーが、大手企業に倣って独自のトラベルリテール限定品をリリースし始めていることだ。例えばロッホローモンドグループは、モルトウイスキーとグレーンウイスキーの両方を生産するスコットランドでは希少なメーカー。同社がロッホローモンド蒸溜所の新しいトラベルリテールシリーズの発売を公表したのは画期的なことである。新しい4本のコレクションは、 まさにバラエティー豊かだ。大麦麦芽をコフィー式のコラムスチルで蒸溜した「ロッホローモンド シングルグレーン」、同社が誇る100樽のソレラシステムで熟成したブレンデッドの「ロッホローモンド シグネチャー」、シングルモルトの「ロッホローモンド 12年」、マデラ樽で後熟した「ロッホローモンド インチマリン マデラ シングルモルト」という顔ぶれで、値段も27ポンド(約4,000円)から75ポンド(約11,000円)までと手頃である。

また寒風吹きすさぶヘブリディーズ諸島で、マル島唯一の蒸溜所として知られるトバモリーは、ノンピートの「トバモリー」と力強くスモーキーな「レダイグ」を生産している。同社もこのたび初めてのトラベルリテール限定品「トバモリー 21年」を310ポンド(約44,000円)でデューティーフリー市場に導入した。ドライかつオイリーで、柑橘、スパイス、ドライフルーツなどの風味があるモルトウイスキーだ。同じくデューティーフリーに導入された「レダイグ 19年 マルサラフィニッシュ」は125ポンド(約18,000円)。柑橘、ベリー、ブドウの風味に甘いトフィーやダークチョコレートの感触もあり、ピート香を伴った黒コショウと焚き火の煙が立ち上がってくる。

 

アムステルダムを拠点としたジョニーウォーカーの戦略

 

トラベルリテール限定ボトルには、コレクターズアイテムを意図した商品も多い。「ジョニーウォーカーハウス ブルーラベルカスクエディション」の陶器ボトルには、販売地のオランダをイメージした見事な絵柄が描き込まれている。

もちろん大手スコッチメーカーも、手をこまねいている訳ではない。最大企業のディアジオは、スコッチウイスキーのベストセラーであるジョニーウォーカーをこれまでにないアプローチで押し出している。アムステルダムのスキポール空港では、巨大な「ジョニーウォーカーハウス」がオープン。計画に3年を要した同店は、台北、ムンバイ、シンガポールの空港店と、北京、上海、成都、ソウルの市内店からなるジョニーウォーカーハウスのネットワークをヨーロッパへと広げた。

2層のフロアからなるスキポール空港店のテーマは、創設者ジョニー・ウォーカーの孫にあたるアレキサンダー・ウォーカー2世。1913年より同社をオランダ市場で展開させた立役者だ。地上階には値段も手頃なジョニーウォーカー エクスプローラーズクラブコレクションなどの普及品から、「ジョニー・ウォーカー&サンズ ダイアモンドジュビリー」などの希少なコレクター向けボトルなど、幅広いトラベルリテール限定品が常備されている。ダイアモンドジュビリーは、女王エリザベス2世が戴冠した1952年にさかのぼり、60年以上の熟成を経たグレーン原酒とモルト原酒をブレンドしたウイスキーである。

人気のコレクターズアイテムとなりそうな「ジョニーウォーカーハウス ブルーラベルカスクエディション」のスキポール限定品も注目に値するだろう。陶器の名産地デルフトで製作されたデルフトブルーの陶器ボトルには、メアイン・ホスの手によるストライディングマンのイラストが描かれている。木靴、チューリップ、風車、自転車といったモチーフで、旅情もそそる絵柄が美しい。

(つづく)

 

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