アメリカンウイスキーの現在【第1回/全3回】
世界中でウイスキー市場が拡大するスピード感を、もっとも強く感じられる場所のひとつがアメリカだ。アメリカンウイスキーの動向に詳しいジャーナリスト、ライザ・ワイスタックがトピック別に詳細する3回シリーズ。第1回は蒸溜所の建設や拡張に関する最近の状況をレポート。
文:ライザ・ワイスタック
ホットなニュースや、陰謀めいた裏話は特にない。アメリカのウイスキー業界に関する本レポートの内容は、ここ数年の間に語られてきた事実の俯瞰である。アメリカのウイスキー産業は依然として上り調子だ。成長のスピードが減速する兆候は見られず、蒸溜所の拡大や新規開設がハイペースでおこなわれている。ファンはレアなボトルを積極的に買い求め、在庫が先細っていることも手伝って希少なボトルの価値はますます上がっている。
メディアやツイッターなどで在庫不足への懸念が増幅されたこともあって、ウイスキーの供給が需要に追いついていない状況は大騒動を巻き起こしてきた。昨年4月に人気料理サイトの「Eater.com」が「アメリカではバーボンが枯渇してしまうのか」と見出しを打ったのもその一例。だが実際のところ、誰にどんなタイミングで話を聞くかによって答えは異なり、すべての情報には発信者ごとの事情が含まれている。
現在の状況を「品不足」と呼ぶのかどうかは別として、世界市場がアメリカンウイスキーを求めているのは確かであり、企業が需要対応のために大規模な投資をおこなっているのも事実だ。米国蒸溜酒評議会によると、2009〜2014年の間にアメリカンウイスキー産業は29%も成長し、約1900万ケース(1ケース9L)を出荷して、27億ドルを売り上げている。
高まる蒸溜所新設への意欲
建設関係の仕事を探している人には、ケンタッキーに行ってみることをおすすめしたい。2012年以降、州内の蒸溜所は10箇所から31箇所にまで増えた。ケンタッキー・ディスティラーズ・アソシエーション会長のエリック・グレゴリー氏は、この先もまだまだ50箇所程度まで増え続けると見込んでいる。
「まったく予想していなかったペースで蒸溜所が設立されています。2014年1〜8月にルイビル大学が実施した調査をもとに、経済への影響を検証してみました。業界はこの先5年間で6億3000ドル程度の投資額を見込んでいましたが、現在すでにその予想を超えています。当組織の会員は20社から27社に増えました。この先5年で、少なくとも8億ドル以上の投資がおこなわれるのではないでしょうか」
ヘヴンヒルは2014年秋に貯蔵庫を2棟増設し、2015年夏までに蒸溜所を1つ新設した。2015年6月にはフォアローゼズの施設2棟と新設備を含む3400万ドルの蒸溜所拡張工事に着手し、蒸溜所全体の規模と年間生産量を倍増させている。今後も貯蔵庫を4棟増設するために2100万ドルの追加投資が必要となる。
またブラウンフォーマンは、2016年中に2億ドルの資本支出をすると公表した。この総額には、同社がアイルランドでおこなうスレインキャッスル蒸溜所の新設プロジェクトだけでなく、ルイビルにあるオールドフォレスター蒸溜所再生計画への4500万ドル、ルイビルとアラバマの樽工房にホワイトオークを供給するインディアナ州の樽工場新設、ジャックダニエルの巨大なボトリング施設拡張プロジェクトも含まれている。
一方、実験的なハイテクの貯蔵庫など、さまざまな先進的なプロジェクトに積極的に投資をおこなってきたバッファロートレースは、近頃100万平米以上もの土地を購入し、今後20年で50棟の貯蔵庫を建築する計画に乗り出した。
契約蒸溜が生んだ生産拠点の多極化
このような建築ラッシュは、アメリカンウイスキーの慣習であった「契約蒸溜」がもたらした結果である。例えばローレンスバーグにあるフォアローゼズ蒸溜所は「ブレット」を保有するディアジオにウイスキーの原酒を提供してきたが、その契約が2013年12月に終了した。ディアジオが現在建築中のブレット蒸溜所に投資しているのは、この契約終了に関係があると見るのが自然だろう。フォアローゼズの在庫が出尽くして、ラベルに記載された「ケンタッキー州ローレンスバーグ」の文字に変化が起きる時期にも興味があるが、ディアジオはこの件についてインタビューに応じてくれなかった。
在庫が底を尽きそうだったのか、フォアローゼズは限定エディションで毎年発売していた「フォアローゼズ リミテッドエディションシングルバレル」を2015年に販売しなかった。他のプロジェクトでも似たような動きは見られる。例えば2012年に製造免許を取得し、2基の小さなスチルで稼働してきたケンタッキー州シブレーにある22,000平米のミクターズ蒸溜所は、2015年6月より5.5トンもの銅材を使用した真新しいスチルを稼働させている。