米国と欧州の革新的な蒸溜所が、森林の保護をビジネスに活かしている。他業界も巻き込んだ実効性の高い実例がまだまだ必要だ。

文:ライザ・ワイスタック

 

ケンタッキー大学などで進められている科学研究に加え、サステナビリティの気運が小規模蒸溜所による野心的な取り組みも後押ししている。特に面白いプロジェクトのひとつは、ウエストランド蒸溜所が2016年に始動したネイティブ・オーク・シリーズ第1弾となる「ギャリアナ アメリカンシグルモルトウイスキー」だ。

ギャリアナオークを探してワシントン州の森を歩くウエストランド蒸溜所のチーム。自然な倒木をはじめ、伐採によらない希少木材の確保にも力を入れている。

シアトルにあるウエストランド蒸溜所は、米国西海岸北部のテロワールをあらゆる角度から掘り下げようと努力している。そんな試みの過程で、土着の伝統品種である「クエルクス・ギャリアナ」というオークにたどり着いた。

これはポートランドとバンクーバーの間にある全長500knほどの細長い地域で生育するオーク品種。木がねじれたように育つため木材としては扱いにくく、樽材への加工で職人たちが苦労する。だがその難関を乗り越えると、確実な恩恵があることもわかっている。ウイスキーに独特のフレーバーをもたらしてくれるからだ。

この通称ギャリアなオークは、希少な品種のため伐採を禁じる法律がある。そのためウエストランド共同創設者でマスターディスティラーのマット・ホフマンは、入手のために膨大な時間と手間をかけて探さなければならないのだという。

「私たちが買っている木材は、嵐などで自然に倒れた木や『ハザードウッド』と呼ばれる樹木だけ。このハザードウッドは古すぎて今にも倒れそうだったり、育ちすぎて家屋に覆いかぶさったりして、倒壊の可能性があるものを事前に伐採したものです。持続可能な森林から伐採したものではないし、そもそも私たちは原料にそのような贅沢はしないんです」

マット・ホフマンいわく、ギャリアナオークは米国西海岸北部の生態系で失われつつある貴重な歯車の象徴だ。そこでウエストランドはワシントン州の自然保護団体フォルテラと提携し、4万平米のサバンナにギャリアナオークを再植樹する活動を始めている。このような自然保護活動を通して、ウイスキーには副産物の素晴らしいフレーバーが付与されることになる。

 

アイルランドの古城蒸溜所による森林保護

 

新しいアメリカンオーク材の安定供給から恩恵を受けているのは、バーボン業界だけではない。米国で使用済みになったウイスキー樽は、アイルランド、スコットランド、日本などのウイスキー生産国に輸出されている。「クエルクス・アルバ」ことホワイトオークは、世界のウイスキー業界の生命線であるといっても過言ではない。

アイルランドの牧歌的なスレイン・キャッスル・エステート(メイン写真も)。600万平米の敷地に140万平米の森林が広がる。

その一方で、英国とアイルランドには自国内の森林保護に力を入れる蒸溜所がある。

スレイン蒸溜所の共同創設者であるアレックス・コニンガムは、アイルランドのミーズ県にある広大な土地の所有者だ。先祖から受け継いだ古城の隣で、18世紀の馬小屋を改修して蒸溜所を開業した。その蒸溜所を2015年に買収し、2017年から新しい設備で運営しているのがブラウン・フォーマンである。

親会社ブラウン・フォーマンが保有する樽工房のおかげで、スレイン蒸溜所はオーク樽を簡単に入手できるし、樽のカスタマイズも自在だ。それにもかかわらず、蒸溜所では将来にわたって所有する敷地内から安定したオーク材の供給を確保できるように力を入れていた。

だが森林保護活動は、単に将来樽材を確保することだけが目的ではない。広大な600万平米のスレイン・キャッスル・エステートには140万平米の森林が広がっている。だからアレックス・コニンガムが自然保護を優先課題と考えることに驚きはないのだ。

「ブラウン・フォーマンは、会社として木材の調達方法や資源のサステナブルな管理に強い関心を持っています。植樹活動のかたわらで新旧の森林を管理しながら、二酸化炭素の排出量を減らして生物多様性を強化していく取り組みを進めています。毎年新しい苗を植えていく森林管理計画にのっとって、まずは14,000本の苗木を植えました。これらの木は、メインの大麦畑に沿って植樹されます」

森には二酸化炭素を吸収して保持する作用がある。アレックス・コニンガムは、森がいったいどれくらいの二酸化炭素を吸収してくれるのか計測し、蒸溜所が排出する二酸化炭素の量をオフセットしようと計画している。敷地内での最重要植物はアイリッシュオークとし、いつの日か地元産のオーク材で樽が組める可能性も残しておきたいと考えているようだ。

「先代の父、妻のカリーナ、そして私は、管理者としてこの土地を守り、次の世代へと受け継ぐことを目標にしています。この土地から何をもらって、何をお返しすべきなのか熟考しなければなりません。土地から収奪するだけではなく、返礼して慈しむ必要もあります。私たちもこの環境の一部なのだという謙虚さが必要です」

 

新しいスコッチの香味を生み出すオークの森

 

スコットランドでは、ホワイト&マッカイが木材供給の抜本的な変化を目指している。フェッターケアン蒸溜所がある3,500万平米のファスク・エステートに、葉柄のないクエルクス・ペトラエア(フユナラ)と有茎のクエルクスロブール(ヨーロピアンオーク)の苗木13,000本を植えて、古代の森を取り戻そうという計画だ。ホワイト&マッカイでウイスキーメーカーを務めるグレッグ・グラスは語る。

ウイスキーを育む美しい自然を、未来へと受け継いでいくのもメーカーの責任だ。写真はアイルランドのスレイン城周辺。

「木材は単なる素材や商品ではありません。将来を見越した視点と行動が必要です。植樹を繰り返して、スコットランドで森林を作っていく再野生化プログラムに資金を投じていきます。これは包括的な環境保護の一端を担うアプローチです。 森林地帯の下生えと呼ばれる野草が、地域全体の環境に与える恩恵を重視しています。ここ数世紀の間に減少した森の動物たちを自然環境に呼び戻す計画も考えています」

最終的な目標は、ウイスキー樽に地元産のオーク材を使用することだ。グレッグ・グラスはスコットランドの製材会社と緊密に連絡を取りながら将来を見据え、新しいオーク材によってウイスキーに加わるフレーバーについても研究を予定している。

そのようなイノベーションに期待を膨らませているグラスだが、一方でスコットランド産のオーク材にはさまざまな欠陥もある。木材から樽板を切り出すのは可能だが、それで樽の天板を造れるかどうかは別の話だ。おそらく伝統的なサイズではない樽を造るか、複数の樽材を混合したハイブリット樽を検討することになるだろうとグラスは言う。

細心の注意で管理されている木材プログラムは、スコッチウイスキー以外の業界にも恩恵をもたらす可能性がある。ビール業界やスコットランドの各種スピリッツ業界は、ウイスキー業界にも近いので巻き込みやすい。だがそれだけでなく、グラスは欠陥のある木材を加工できる家具メーカーや、木材の副産物を利用できる製紙業者までも視野に入れているようだ。

「サステナビリティへの貢献には、懸命な樽の管理も重要です。でもモルトウイスキーの熟成に使い回すだけでなく、責任のある形でしっかり利用しなければなりません。スコッチウイスキー業界のせいで、スコットランド産のオーク材の価格バランスが変動したりすることは望んでいません。他の業界の取引や工芸品などの価格を押し上げてしまうようなら、取り組みを抑制する必要も生まれます」

持続可能な工芸や伝統文化も含めてのサステナビリティなのだとグラスですから。ウイスキー業界より小規模な木材関連業界のことも考えて、差@ポートしていくのもビジネス上の責任です。そこがスコットランド産オークのプログラムにおける最重要課題になるでしょう」

そして結局は、成果をじっと待つ忍耐力も必要だ。新しいオークの木が育つには、人生と同じくらいの時間がかかる。ともあれホワイトオークに関するサステナビリティ重視の考え方が、ウイスキー業界にも根付いてきた。これをしっかりと持続していくことが大切なのだ。