スマートな蒸溜器「iStill」とスピリッツの未来

February 8, 2018

オランダ製の新型スチル「iStill」が、世界各地のクラフトディスティラリーで次々と導入されている。新しいテクノロジーは、ウイスキーの世界も変革できるのだろうか?

文:ハンス・オフリンガ

 

このコンパクトな四角い形状のスチルが、これまでのスピリッツづくりの常識を塗り替えている。

スコットランドでも米国でも、蒸溜酒メーカーは厳重な法的制約や規制によって縛られているため、革新的な変化を起こすことは難しい。それに加えて業界団体との関係もある。スコッチウイスキー教会(SWA)や合衆国蒸溜酒会議(DISCUS)がその代表だ。

SWAは古くからの伝統が適切に継承されているか目を光らせている。あるとき「グレン」という言葉の使用をスコッチウイスキー限定にしようと試みたことさえあった。カナダのノバスコシア州で発売された「グレンブレトン」という名のシングルモルトウイスキーに抗議したのだが、結局その訴えは認められなかった。

だからといって、ウイスキーの世界で革新的な試みが皆無という訳ではない。出来上がった製品が「ウイスキー」という正式なカテゴリーに該当しないことはあっても、面白いアプローチは各地でおこなわれている。その筆頭がダレク・ベルのコルセア蒸溜所だ。2013年に出版されたダレクの著作『Fire Water – Experimental Smoked Malts and Whiskeys』では、ダレクがおこなってきたさまざまな実験の詳細が明らかにされている。

ヨーロッパ大陸に目を移すと、需要増大に対応すべくキャパドニック蒸溜所の中古スチルを購入したオウル蒸溜所(ベルギー)のような例もある。いわば「伝統的前進」と呼べる方針だ。だが今回は、これとは異なる方針に光を当ててみたい。

オランダのアムステルダムに、まったく新しいデザインの蒸溜器「iStill」を製造している革新的なメーカーがある。設計者であるエドウィン・ファン・エイク(通称オーディン)に、「iStill」という名前の由来について尋ねると、「イカした製品に『i』で始まる名前が多かったからさ」との答え。アップルだけでなく、デルコンピューターもイメージしたという視点が面白い。

この「iStill」は、実に40以上もの特許を取り入れた装置で古くからの蒸溜技術を改善している。形状、素材、万能性、効率、ランニングコストなどで特筆すべき利点があるのだ。

すべてがコンピューター制御で、管理や入力はオペレーション画面から。アムステルダムから遠隔操作でメンテナンスもできる。

まず形状は丸ではなく四角。素材はステンレススチールだ。内壁に取り付けられた格子状の銅が触媒作用を発揮して、スピリッツから不要な硫黄の風味を取り除く。四角い釜の上にコラムが取り付けられ、プレートがない代わりに銅線で編まれた厚みのあるマットを内蔵。コラムに取り付けられたロボットがヘッド、テール、ミドルカットを峻別する。

スチル全体が、完全なコンピューター制御である。温度、風味構成、純度などに基づいて50種類の異なったスピリッツ蒸溜行程をシステムに入力できる。オペレーターが直接手を下すのは、これからつくる蒸溜物のプログラムを入力することぐらいだ。

四角い形状は、液体や気体の渦内に面白い逆流を引き起こす。丸型のスチルにはない効果のひとつだ。これがスピリッツの風味を強化する粒子分布を効果的に生み出すのだという。これまでの伝統的なコラム型スチルでは、蒸溜者が気温、水温、水圧、気圧という少なくとも4つの要素に気を配る必要があった。だがオーディンによると、「iStill」なら水圧と気圧だけに注意してれば十分。直焚きのメカニズム(電気とガスの両方)も採用しているため蒸溜時間も早く、風味も豊かで、生産コストも安くあがる。

 

コスト効果と利便性が世界で人気

 

効率よく低コストのウォツカづくりを目指していたメーカーを例に挙げよう。オーディンによると、このメーカーが使用していたのは伝統的なドイツ製のプレート式蒸溜器(容量2,000L)で、1回に220本相当のウォツカを蒸溜していた。以前は燃料費だけで1回の蒸溜あたり650ユーロ(ボトルあたり3ユーロ)かかっていたのが、これを「iStill 2000」に変えたら1回でボトル250本分のスピリッツが蒸溜できた上に、電気代がわずか48ユーロに抑えられた。燃料費がボトル1本あたり20セントにまで削減できたことになる。

「iStill」は、コンパクトなボディにポット、コラム、コンピューターなどの重要部品がうまく統合されているため、メンテナンス費用も安い。オペレーション画面から、あらゆる指示が入力できる。コラムやポットの使用、カットポイント、100分の1度単位の温度、蒸溜時間などはコンピューターで管理する。カットのタイミングも、コラム内のロボットが決めてくれる。カットされた最初と最後の蒸溜液はコラム内で再蒸溜されるが、銅線マットに捉えられてスチルの底に落ちずに留まるので、これがまた燃料費の節約になる。

驚くのはまだ早い。なんと「iStill」は糖化槽や発酵槽としても使用できるのだ。オーディンがクラフトディスティラーの世界で顔が広いのも無理はない。ウェブサイトは、顧客同士が実体験を共有しあうコミュニティになっている。オーディンも自分のブログで生産体制を向上させるヒントを公開している。

ドーノック蒸溜所(スコットランド)で、伝統的なポットスチルの隣りに設置された「iStill」。既存システムとの併用で革新が進行する。

すべてがSFのようで、出来すぎた話のように思えるかもしれない。だが「iStill」の実績を見れば納得せざるをえないだろう。アラスカからオーストラリアまで、すでに500カ所以上で250Lから5,000Lの「iStill」が導入されている。モジュラーシステムを採用しているため、蒸溜所が必要に応じて生産量を拡大するのも比較的かんたんだ。

この革命的なスチルがどれだけ受け入れられているのかは、下記のリストから過去数年間の導入実績をご参照いただきたい。完全に自動化されている「iStill」は、アムステルダムからインターネット経由でメンテナンスもできる。内蔵のソフトウェアが蒸留後のスピリッツを分析し、プロセスや生産スケジュールも調整してくれるのだ。オーディンは語る。

「スチルをいつ使用して、いつ休ませているのかも遠隔で把握できる。だから使用期間中だけ料金をいただくような新しい販売法も検討中なんだ」

この「iStill」が、すでに伝統的なスピリッツづくりの世界を席巻している訳ではない。だがさまざまな種類のスピリッツを生産してみたいと考えるクラフトディスティラリーにとっては、検討に値する魅力的なモデルである。

この新方式のせいで、実績のある旧来のモデルが見放される訳ではない。ドーノック蒸溜所を経営するフィリップ・トンプソンとサイモン・トンプソンのように、銅製のポットスチルの隣りに「iStill」を設置した蒸溜所もある。これぞ伝統と革新が出会う本物の生産現場といえるだろう。

 

iStill」の導入実績

クレージードンキージン(ベルギー/ブーハウト)

アークエンジェルジン(イングランド/ノーフォーク)

レッキングコースト蒸溜所(イングランド/ティンタジェル)

ノートンバートンファーム(イングランド/ランセルズ)

アルゴット蒸溜所(エストニア/タリン)

ブラックウォーター蒸溜所(アイルランド/ウォーターフォード)

リストーク蒸溜所(アイルランド/ドロヘダ)

イーグルズバーン蒸溜所(オランダ/ドゥースブルフ)

シャウテクラフト蒸溜所(オランダ/ウェフヘル)

ディーサイド醸造所&蒸溜所(スコットランド/ディーサイド)

ドーノック蒸溜所(スコットランド/ドーノック)

グラスゴー蒸溜所(スコットランド/グラスゴー)

オークニーワインカンパニー(スコットランド/オークニー)

 

 

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