開業間近の八郷蒸溜所に潜入【後半/全2回】
文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン
真新しい八郷蒸溜所を案内してくれるのは、サム・ヨネダこと米田勇さんだ。設備の説明を聞くにつれて、事の次第がようやくわかってくる。一見パズルのようにバラバラな装置の組み合わせは、決して非合理的なアプローチではない。むしろ八郷蒸溜所の独自路線を可能にする唯一の方法なのだ。
見学はまず穀物倉庫からスタートする。米田さんが設備を見せながら原料の説明をする。
「大麦モルト以外のグレーンも使用したいので、2つある通常の袋型供給口の他に、もう1つ小さな供給口を用意しました。3つの供給口のどこを起点にしても、アランラドック社製の4ロール式ミルを通って糖化槽のホッパーに送るルートと、ミルを飛ばしてホッパーに直接送ってしまうルートが選べるようにしています」
ちょうど供給口には、大麦モルトと米ぬかが別々に入っていた。米ぬかは酒造りの精米工程でできる副産物。もちろんミルで挽く必要はないので直接ホッパーに送られ、そこで糖化されるグレーンビルの一部になる。
「現在のところ、代表的なグレーンビルは大麦モルト80%と未発芽の地元産小麦20%という構成です。この場合、小麦は小さい供給口からミルに送って、袋から送った大麦モルトと一緒に粉砕します」
大麦と小麦(発芽済みと未発芽の両方を使用)、米ぬか(自社の日本酒醸造所から調達)の他に、八郷蒸溜所では蕎麦を原料として使う計画もある。すでに北海道の蕎麦農家と連絡をとっているようだ。米田さんが思い出したように言う。
「明日はピーテッドモルトが届くことになっているんですよ。ウチで使うのはライトなピートのタイプ。ビールでもホッピーが強すぎるタイプの商品は造っていません。同じように、ピートの個性をやたらと押し出したウイスキーにもあまり関心はないのです」
グリストのホッパーは1.6トンまで収容できるが、八郷蒸溜所における標準的なワンバッチは1.2トンだ。この原料から約6,000Lのワートができる。米田さんが説明する。
「額田醸造所で常陸野ネストビールを生産する体制が、すべて6,000Lを基準としているんです。だからウイスキーでもこの大きさになったのだと思いますよ」
糖化室には、糖化槽が2槽ある。ひとつはブリッグズ社製のスティールズマッシャーを取り付けたツィーマン・ホルブリーカ社のマッシュタン。もうひとつはブリッグズ社製のラウタータンだ。マッシュタンにはスチームジャケットが取り付けられているので、異なるグレーンごとのゲル化温度にあわせて加熱ができる。
最初のお湯(3,300L)はマッシュタンに投入される。2回めのお湯(3,200Lの散水)はラウタータンでおこなわれるのだと米田さんが説明する。
「3回めのお湯(次回バッチの1回め用)は入れません。たいして経済的な訳でもありませんから」
ユニークな発酵と蒸溜のスタイル
原料だけをとっても、さまざまな種類のグレーンを使用する八郷蒸溜所。次の発酵工程でも、さまざまなオプションの実態が期待できそうだ。
「屋内には木製の発酵槽が4槽あって、すべてイタリアのガルベロット社製です。1槽ごとの容量は8,400Lですが、実際に入れるのは6,000Lまで。2槽はオーク材で出来ていて、スラヴォニア産オークとフランス産オークです。残りの2槽はフランス産のアカシア材で造られています。でも屋外にはもっと大きなステンレス製の発酵槽が4槽もあるんですよ。夏は猛暑になりがちな土地柄なので、温度調整用のジャケットがかぶせてあります。容量はそれぞれ17,600L(入れるのは12,000Lまで)なので、将来1日2回の糖化作業ができるようになったら活躍してくれるはずです」
そしてもちろん、酵母についても面白い話がある。米田さんの話にも熱がこもる。
「木内酒造では、日本酒やビールの醸造でも色んなタイプの酵母を使ってきました。だからこの八郷蒸溜所にも酵母を増殖させるエリアを設けました。麦汁を加熱するタンクが1槽と、500Lの繁殖用タンクが5槽あります。今までのところは、まだエール酵母とウイスキー酵母しか使っていません。蒸溜所の中で、この部分だけパイプが未完成なんです。でも早期に完成できるよう予定を立てていますよ」
八郷蒸溜所の中で、唯一スコットランド仕様なのが蒸溜室だ。容量12,000Lの初溜釜と容量8,000Lの再溜釜が1基ずつあり、多管式のコンデンサーが付設している。設備はすべてフォーサイス社製だ。
「ヘッドはストレートで、ラインアームはわずかに下向き。シンプルな形状のスチルにしたのは、蒸溜工程以前にたくさんの実験をしたいから。多彩なフレーバーを得るには、シンプルな蒸溜器がいいと判断しました」
この日はちょうど、ブリッグズ社の技師が蒸溜関連の設定を微調整している最中だった。作業は今日で終了し、明日からはスタッフだけの運営に任されるのだという。八郷蒸溜所にとって、実にワクワクするような開業前のひとときである。
筑波山を望むテイスティングルーム
テイスティングルームに移動して、試験蒸溜されたばかりのニューメイクスピリッツをチェックした。3種類のそれぞれ異なったグレーンビルと複数の酵母。もちろん3種類それぞれにユニークなフレーバーがある。その場にいた全員が、今日つくったばかりのスピリッツを高く評価した。それは大麦モルト80%と未発芽の小麦20%を使用し、ウイスキー酵母で発酵させたスピリッツ。だが実験はまだ始まったばかりだ。
テイスティングルームからは、美しい筑波山の姿が見える。副社長の木内敏之さんが言う。
「ここには素晴らしい屋上テラスもあるんです。バーベキュー会場にぴったりの場所だと思ったのですが、サムに説得されて諦めました。まあ健康や安全面で問題があるとか、そういうことです」
額田蒸溜所から運んできたいくつかの樽から、ウイスキー原酒のサンプルを味わってみた。筑波山を眺めながらのテイスティングは最高だ。個人的に気に入ったのは「NK013」というライン。大麦モルト50%、小麦モルト25%、未発芽の小麦25%というグレーンビルで、エール酵母を使用してコーヴァル蒸溜所から取り寄せた容量100Lのバーボン樽で熟成したものだ。他の原酒も、それぞれに期待を抱かせるユニークな個性があった。
開業前に訪問したので、八郷蒸溜所ではまだ樽詰めがおこなわれていなかった。だが樽詰めエリアや展示倉庫を見れば、戦略の概要は垣間見られる。木内さんが樽を指差しながら説明する。
「スペインのディストリビューター経由で、良質なオロロソとフィノのシェリーバットを手に入れました。アーリータイムズのバーボン樽もたくさん調達しています。ビール醸造所に行けば、他にも200本ありますよ」
蒸溜所の背後にある林の中に、新しい貯蔵庫を建てる予定だと木内さんが明かす。このような事業に、はっきとした到達点はない。いつでも何か新しい試みが残されており、開拓すべき未体験の領域が新たに現れる。
八郷蒸溜所がある場所は、つくばと笠間を結ぶ「フルーツライン」の道沿いだ。さまざまな果樹園があって、季節ごとに美しい花々も楽しめる。また笠間は個性的な陶芸の里でもあり、クリエイティブな職人芸が根付いた土地柄。これから八郷蒸溜所は、たくさんの来訪者を惹きつける場所になるだろう。
この場所にぴったりのビジター体験を、木内さんと米田さんが検討しているところだ。唯一の難点は公共交通機関が乏しいこと。だがこれも工夫次第では、強みに変えられるのではないかと木内さんは見ている。
「シャトルバスを運行したり、1日ツアーを催行するのがいいかもしれません。日本酒造りの木内酒造。常陸野ネストビールの額田醸造所と併設の額田蒸溜所。そしてこの八郷蒸溜所。完全に酔っぱらいツアーですね(笑)」
日本でいちばん新しい蒸溜所の動きに、今後も注目しよう。