妥協なきスチル製造
モルトウイスキーのイメージを力強く喚起するシンボルといえば、蒸溜所にそびえ立つ銅製のポットスチル。ウイスキーの品質を保証し、蒸溜所の個性も引き出す魔法の塔だ。
新しくできた蒸溜所がフォーサイスのポットスチルを使っていたら期待をしてもいい。それはウイスキーづくりへの真剣さのあらわれなのだ。
文:ドミニク・ロスクロウ
ポットスチルは、モルトウイスキーのトーテムポールである。魔法のような蒸溜工程を心臓部でつかさどり、一貫した品質を保証しながら創意工夫の源にもなる。優れたスチルの製造者は、世界のスピリッツの多様性に大きく寄与してきた。
スペイサイドに工場を構えるフォーサイスといえば、関係者にはその名を知られた銅製スチルの代名詞だ。南米でもアジアでも、ウイスキーの製造を始めようという世界の企業はみなフォーサイスに辿り着く。テクノロジー、職人の技巧、専門知識などが、ライバルの追随を許さないほどに卓越しているのだ。
かつて19世紀半ば、スペイ川流域にあるモレー町のロセス地区に、銅製品の加工を専門とする鍛冶屋「モレーシャー・コッパーワーク」があった。ロバート・ベイリーという名の男が所有する工房だったが、このベイリー家には跡継ぎがなかったので工房の雇われ職人であったアレクサンダー・フォーサイスが1930年に事業を買い受けることになった。工房の新しい主となったフォーサイス家はすぐにウイスキー産業と関わりを持つようになる。スペイサイドの中心部にあるこの工房は、モルトウイスキーの蒸溜に必要とされる多くのニーズに何十年にもわたって応えてきた。
もう80年間にわたって工房を切り盛りしてきたフォーサイス家だが、最近の中心人物は2人のリチャードである。会長であるリチャード・シニアと、その息子で3年前から家業を手伝うことになった息子のリチャード。事業の変遷について、リチャード・シニアが語り出す。
「近年は業務も多様化し、製紙産業、石油産業、ガス産業などの合計がウイスキー用製品の生産を抜いて過半数になりました。それでもウイスキーは我々のビジネスの中核であり、今でも私たちは世界中の飲料業界と根深く繋がってます。高品質のスチルを、遅滞なく予算内で提供し続けてきたおかげでしょう」
持ち前の堅実さで世界と勝負
蒸溜所の設備には、当然のように時間とお金がかかる。外国への納入ともなればなおさらだ。新しい新事業を始めるウイスキーメーカーが夢物語を描きすぎていないか、十分なキャッシュフローが用意されているかを確かめるための事前調査も欠かせない。ひとつの案件は最低でも2年、長い場合には7年の歳月を要すると息子のリチャードは言う。
「取引が始まりそうな相手先とは、いくつかの基本合意をおさえておかなければなりません。その蒸溜所でどのような製品をつくりたいのか、どれくらいの量をつくろうとしているのか。装置のどこまでをスコットランドで造り、どこからを相手国の現地調達で完成させるのか。以上のような確認事項を踏まえて、私たちは契約と計画の作成に取りかかります。詳細な業務日程に従った合理的な支払い計画を定めてもらい、いくつもの段階を経て最終的に製品が納入されるというわけです」
複雑でコストもかかるプロセスを、フォーサイスは決して省略したりしない。近道をしない愚直さが、フォーサイスの信用を高めてきたのだ。最高の職人仕事が常にできているか念を押し、どこに出しても恥ずかしくない品質をしっかりと維持することが、フォーサイスにとって最大の投資になる。
ウイスキーづくりは、投資の回収までに時間がかかるビジネスである。それでも世界全体のウイスキー人気は好調なので、フォーサイスも将来を楽観視している。ここ数年でも、同社はグレンリベット、マッカラン、グレンモーレンジィなどの蒸溜所拡張に寄与し、ローランドのガーバンに新しく建設されたアイルサベイ蒸溜所の設備も提供している。また台湾では完全に自動化された蒸溜システムのデザイン、設置、稼働までを一手に引き受けた。その成果はあの新星のようなウイスキー「カバラン」を味わえば納得できるだろう。他にもジャマイカ、ブラジル、メキシコ、南アフリカ、スウェーデンなどで数々のプロジェクトを遂行している。日本の秩父蒸溜所もフォーサイスのポットスチルを導入した。リチャードの見通しは明るい。
「世界のスピリッツ産業は、上向きの傾向にあります。世界中の人たちはさまざまなスピリッツを楽しむようになりましたが、モルトウイスキーがその最たるもの。私たちフォーサイスは、この分野における未来に期待を持っています」
年齢:59歳(取材当時)
住所:スコットランド、モレー町ロセス
好きなウイスキー: 以前はマッカラン、アベラワー、グレンファークラスなどヘビーなスペイサイドモルトが好きだったけど、近年はよく冷えたソーヴィニヨンブランの白ワインをグラスで楽しんでいるよ。