ディアジオ帝国の心臓 キャメロンブリッジ

October 4, 2012

ディアジオの生産力を支える、グレーンウイスキーの質と量。帝国の心臓は、今もその規模を拡張し続けている。キャメロンブリッジ蒸溜所に、ウイスキー産業のスケールを見た。

文:ガヴィン・スミス

 

スコットランドの蒸溜所といえば、白い漆喰塗りの石造りの建物に、骨太なキルンの煙突を思い出す人が大半だろう。だがそのようなイメージを抱いて、ファイフにあるキャメロンブリッジ蒸溜所を訪ねたら驚くに違いない。工場の敷地は広大で、建築デザインは極めて近代的。建物の外観からは何ら機能のようなものを見いだすことができないが、近づいてみると初めてオフィスの規模がうかがえ、様々な種類の蒸溜釜が見える。

超近代的な外観とは裏腹に、蒸溜所には栄誉ある伝統がある。このキャメロンブリッジ蒸溜所は、ローランド地方で蒸溜とブレンディングをおこなっていた偉大なるジョン・ヘイグによって1824年に設立されたのだ。

今日のキャメロンブリッジは、オーナーであるディアジオのブレンデッドウイスキー帝国を支える心臓部として、ディアジオが抱える数々のブレンデッドウイスキーに必要不可欠なグレーンウイスキーを供給している。その筆頭は、ジョニーウォーカーのファミリーだ。この工場はウイスキーばかりでなく、スミノフ、タンカレー、ゴードンの原料となるホワイトスピリッツを生産する。

 

12年モノはジョニ黒の主成分

2007年、すでに年間6,600万ℓのスピリッツを生産していたキャメロンブリッジは、極めて野心的な拡張計画を発表した。その計画は通称「プロジェクト4」と呼ばれ、2013年までにグレーンウイスキーの最大生産量を1億500万ℓに増量すべく工場を改築するという内容だ。予算は約4,500万ポンド(約52億円)。この出費だけでもすでに驚きだが、さらに追加で最新式のバイオマス工場のため6,500万ポンド(約76億円)が拠出されることになった。キャメロンブリッジで、この巨大投資を管轄するのが、ジェネラルマネジャーのジム・マッカウアン。ディアジオで21年間働いてきたが、ここ5年はキャメロンブリッジに勤務している人物である。

彼の机の脇には、この蒸溜所のシングルグレーンウイスキーとして販売されているスタンダードの「オールドキャメロンブリッグ」と、従業員に限って入手できる特別な12年モノのボトルが置いてある。この「キャメロンブリッジ12年」を取り上げて、マッカウアンは言明する。

「12年モノのキャメロンブリッジは、ジョニーウォーカー黒ラベルの主成分です。キャメロンブリッジの拡張は、つまるところディアジオの世界的なウイスキービジネスにおける野心を反映しています。ブレンダーたちはより軽いスタイルのグレーンウイスキーを使う傾向が強まっており、要するにキャメロンブリッジのスタイルこそが彼らの望み。生産量が多く、品質が一貫しているのがこの蒸溜所の特長ですね」

ディアジオは、東部スコットランドにおけるモルト以外の蒸溜酒をここに集約している。このファイフの蒸溜所は、現在ディアジオが完全に所有する唯一のグレーン蒸溜所なのだ。この他、ディアジオはエドリントンのノースブリティッシュ蒸溜所の株式の半数を、エドリントングループと共に所有している。

その一方で、ディアジオはグラスゴーにあったポートダンダスグレーン蒸溜所を昨年閉鎖し、キルマーノックにあったジョニーウォーカーのボトリング工場も閉鎖した。一連のリストラ策には広く反対運動が起こったが、巨視的に見るとスコットランドに利益をもたらすという証拠もある。ディアジオは、これから6年に渡って総額およそ6億ポンド(約705億円)の投資をするのだ。キャメロンブリッジに投下される巨費に加えて、隣町のリーブンにある現存のボトリング工場に第3のボトリング施設を増設し、バルクウイスキー貯蔵庫、樽詰め装置、排出装置などを一新する設備投資をおこなった。この施設は人員を倍増して、約900人の新たな雇用を見込んでいる。

 

環境に配慮した大投資

ここキャメロンブリッジでの拡張工事も、非常に意欲的な内容である。ジム・マッカウアンが、2007年2月に発表された「プロジェクト4」の進行状況を説明してくれた。

まず第1段階では、バルク貯蔵庫の拡張、タンクの設置、事務所、道路などに700万ポンド(約8億円)が費やされた。すべてが必要不可欠なインフラ整備のプロジェクトであるという。
さらに第2段階では、発酵と定置洗浄(CIP)をおこなう新工場の建設に1,800万ポンド(約21億円)を投じた。この工場には50万ℓの容器が16槽設置され、これによって発酵容量が75%増加している。
第3段階は、2009年に廃棄した古いマッシュタンの代わりとなる真新しいマッシュハウスの建設である。予算は1,800万ポンド(約21億円)。第1段階、第2段階と合わせて、建設計画は非常に順調に進み、2011年4月までに再び本格生産ができる状態にこぎ着けた。マッシュの工程には小麦粉の粉挽きと加熱も含まれ、それに麦芽を加えることで発酵に必要な麦芽汁を生産する機能も含まれている。

「マッシュと発酵の処理容量を増大したことで、全体の製造プロセスを遅滞させていた弱点を取り除きました。新しい2槽のウォッシュバックを加えたので、いくつかのディアジオ傘下のモルト蒸溜所が生産量を増大させています。キャメロンブリッジのコフィー式蒸溜機には、以前からだいぶ余裕がありましたが、マッシュと発酵の容量が増大したことで、工場のチームは2010年にすでに年間生産量7,200万ℓという新記録を打ち立てています
現在、「プロジェクト4」は第4段階であるバイオマス工場の建設が完了間近だという。

「バイオマス施設を開発するのは、経済的な理由よりも環境への配慮という意味合いが圧倒的に大きい。この投資には、工場の環境への負荷を減らしつつ、エネルギー供給を確実なものとし、英国の不安定なガス市場の影響を受けないようにするという狙いもあります」
このバイオマス工場が完成すれば、工場稼働に必要な電力の95%を供給し、蒸溜所で使用する水の30%が回収される。その結果、フォース湾への排出を99%削減することができるというから驚きだ。

巨大スピリッツ製造工場が、ここ4年間におこなってきた本質的な大改修。その空前の規模を見ると、今後は均質なグレーンスピリッツを静かに大量生産していくのだろうと想像してしまう。だがジム・マッカウアンによると、現実は違うようだ。
「私の考えでは、キャメロンブリッジにおける改革と投資はまだまだ終わっていません。世界のウイスキー重要の高まりに応え、これからも確実に事業拡大が続くことでしょう」

 

破格の生産力

グレーンウイスキーの製造は、モルトウイスキーの製造といくつかの重要なプロセスが異なる。
まず穀物のバルクは大麦麦芽ではなく、発芽前の小麦かトウモロコシにわずかな割合で大麦麦芽を混ぜて効果的な発酵を促進させる。発芽前の穀物を使用することで、コストは大きく削減されるのだ。
さらにはマッシュの前に、発芽前の穀物が粉挽きされて大鍋に入れられ、水と共に加熱される。その後、大きなマッシュタンにポンプで送られ、大麦麦芽が加えられる。

この工程以降は、モルトウイスキーの蒸溜でお馴染みの工程をなぞることになる。ただし実際の蒸溜工程は、連続蒸溜機、蒸溜塔、コフィー式蒸溜機などを使用する。これらのスチルはどれも同じ原理で蒸溜をおこない、並列解析器と整流柱からなっている。ポットスチルの設備よりも、はるかに多量のスピリッツを生産することができるのが特徴だ。発芽前の穀物を使用することに加え、絶大なスケールで蒸溜を遂行することから、1ℓあたりのコストがモルトウイスキーに比べてかなり安く上がるのである。

キャメロンブリッジ蒸溜所では、毎週4,000tの穀物が使用される。試算によると、この蒸溜所だけでスコットランド全体の小麦の15%に相当する量を消費していることになる。コフィー式蒸溜機ひとつで毎時4,000ℓのアルコールを製造し、清掃のために休止するまで連続200時間の運転が可能だ。オーバンなどディアジオの比較的小規模な蒸溜所では毎週36tのマッシュを処理しているが、キャメロンブリッジは1時間で30tを処理する。

ここはヨーロッパ最大のアルコール飲料蒸溜所であり、2013年までに年間総生産量が最大で1億5,000万ℓに達する見込みである。その内訳は、グレーンウイスキーが 1億500万ℓと、ジンやウォツカに使用されるホワイトスピリッツが4,000万〜4,500万ℓ。これをボトルに換算すると、年間約4億本に相当する。

帝国の心臓と呼ばれる理由が、これでおわかりいただけただろう。

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