ボトルに栓をする瞬間
とても小さいけれど、ウイスキーのボトリングに非常に重要な役割を果たしているコルクを解説する
Report:イアン・バクストン
高級ウイスキーのコルクの栓や精巧に彫物が施された栓は、単価として最終的に3ポンド、もしくはそれ以上の金額に落ち着くこととなる。魅力的な旅を経て完成するコルクは注目に値するものだ。
結局のところコルクは、控えめに、そして上手に大切な仕事を務めている。実際あなたのウイスキーを最高の状態のまま保つという、なかなかの役目を果たしているのだ。すばらしいと思わないだろうか? ボトルのネックからコルクを抜く際、単純でやさしいポンという響きに楽しみが潜んでいる。
歴史をさかのぼると、今日のワインボトルのように奥まで打ち込まれたコルク栓が、ウイスキー界で最初にボトルが登場した当時の標準の閉め方だった。しかしこの方法だと、再度封をするには扱いにくかったので、コークスクリューが登場した。そして世界中でウイスキーの売り上げが伸びた結果、インドのような気温の高い市場ではコルクが縮んでしまうという問題が起こったので、また新たな栓の仕方が採用されたのだ。
初期のうちのひとつは、バネまたはゴムのキャップだった。1927年、デュアー社による盛大な宣伝で紹介され、ウイスキー業界と消費者に広く受け入れられた。スクリューキャップは1960年代に登場し、それ以来主力として活躍している。
今ではすっかりコルク栓が復活している。ほとんどのシングルモルトやプレミアムブレンドの栓として選ばれている。豪華さと上質感の趣を添えているからだ。材料が樫の木なので、オークと関わりの強いウイスキーの栓となるのは自然な流れだろう。
コルクガシ(Quercus suber)は、地中海の西岸の盆地、耕された2万4千平方キロメートルの土地が原産だ。良質のコルクを生産する世界トップのアモリン社と一緒に、壮観なアレンテージョのコルクの森を訪ねた際、コルクガシの半数以上は、ポルトガルにあることがわかった。
コルクガシは200年以上も生き、植樹してから25年経つと、約9年毎にすばらしい樹皮を間違いなく収穫することができる。これがまさに、世界中で関心の高まっている環境問題や生物多様性に考慮した、再生可能な天然資源なのだ。
たとえば、政府の法令によって保護されているポルトガルのコルクガシの森は、700種類以上の野生動物の棲家で、その多くが絶滅の脅威と危険に脅かされていることをご存知だろうか? 森の中で見つかった動物の中には、オオヤマネコ、イノシシ、山猫、ジュネット(ジャコウネコ科)、キツネ、何百種の鳥や、さらに小さな哺乳類がいる。彼らは森の中の鳥獣保護地域で見つかっており、狩猟や都市化から守られている。
世界自然保護基金からの最近の報告によると、「コルクガシの森の景観を手入れ、維持、回復させることは、経済的なだけでなく、文化的にも社会的にも有益に実現出来る、多目的マネージメントシステムだ。お陰で、環境を破壊せずに日々の暮らしを持続させ、生物多様性を改善することができている」
さらに地球温暖化における関心を考え合わせると、コルクの森は二酸化炭素を吸収する重要な役割を果たしている。ポルトガルのコルクの森だけで、480万トンの二酸化炭素を取り込んでいる。
そして、コルクはリサイクルすることができる。事実、アモリン社は、ポルトガルの学校やスーパーマーケットで、リサイクルのために古いコルクを集めることを試験的に行う教育プログラムの先導者のひとつだ。もしそれが機能すれば、空き瓶だけでなくコルクがリサイクルされる日もさほど遠くないだろう。
コルクの森から蒸溜所のボトリングラインまでの旅路には、心が惹き付けられる。質の高い制御と完成品の一貫性を保障するため、目紛しいほど多様な段階を経なければならない。
高い技術を持った職人によって、木から剥ぎ取られるやいなや、コルクは、ボイルされ、綺麗にされ、余分なものを取り除かれ、叩かれ、仕上加工され、磨かれる。
コルクは、機械と人の手の両方によって丁寧に扱われ、博士号レベルの科学者たちが配置されている研究開発部門によって見守られている。『より優れたコルク』を届けるために心を傾けられているのだ。
このように手間のかかる工程が必要なのは、『コルクの匂いがするワイン』や『風味のない蒸溜酒』の原因となってしまう、コルクのTCA(トリクロロ酢酸)汚染問題によるものだ。
自然現象であるTCAはコルク製造者にとって、スクリューキャップの普及を後押してしまう程の大問題だ。しかし、立ち直りの早いポルトガル人はその問題を打ち負かすために、最新科学に協力を求めた。その投資は、驚くべきものとなった。木製のパレットによるTCA汚染が(たとえわずかでも)起こりうる危険性を防ぐため、アモリン社の森と工場の隅から隅まで、コルクを運ぶ際はステンレス製のパレットを使用する事になったのだ。この変更にかかった経費は計り知れず、膨大だった。伝統的な産業、ポルトガルの文化と国民的文化遺産の一部にとって命取りになるかもしれなかった。そんな細心の注意を払いながら、コルクは蒸溜所までの旅を続けるのだ。
いったんボトリングラインで使用されるやいなや、コルクは本来の働きをはじめる。たったひとつのコルクの栓の中に、空気のようなガスが充満した小さなセルの蜂の巣構造で構成されているセルが8億近く存在する。注目すべきことは、そのセルは柔軟性を失わずにそのサイズを半分に押し潰すことができ、元のサイズや形に戻ろうとするという、‘形状記憶’がある。
これは、ふたつのことを意味する。ボトルのネックに対して均等に圧力をかけること、そしてその圧力による優れた密閉性と、温度や気圧の変化に対して高レベルの耐性があること。その結果、あなたの貴重なウイスキーを完璧に近い状態で保つことができるのだ。繰り返し開けるのであればご自身の最低限の配慮は必要だと思うが。
コルクがポンと抜ける音は、来るべき喜びを予感させる。もし、それだけでは喜びが不十分であると言うなら、あなたが引き抜いたコルクは、環境を保護し、危険にさらされた野生動物を救い、古代エジプトにさかのぼる文化的な伝統の一環であり、リサイクルできるということを、思い出してみてほしい。それはまさに、歴史と文化と環境をも包括する、実用的かつ適切な閉め方なのだ。