世界最大級のグレンリベット

March 30, 2013


世界最大級の蒸溜所グレンリベットが、更なる改装を遂げたのは約2年前。チャールズ皇太子も訪れた巨大施設をご紹介しよう。

モルト貯蔵庫を改装した食堂でランチを終えたころ、周囲から「チャールズ皇太子の到着が遅れている」という声が聞こえてきた。

6月初頭にしては異例に暖かく晴れた日、穏やかなたたずまいのスペイサイドで、近くを流れるスペイ川と同じように確固とした真正の名所、グレンリベット蒸溜所の新緑薫る敷地の中である。

業界のトップにVIP、ヨーロッパやアメリカ、アジア、スカンジナビアから集まった報道陣は、麦芽粉砕に立ち会って午前中を過ごした。賑やかな集団がセピア色に染まった年代物の貯蔵所に出入りし、グレンリベット1979が貯蔵樽から直にグラスで振る舞われた。

まるで絵のように完璧に丘が連なり建物が散在するミンモア・ファームの広大な地所。グレンリベットの創設者、ジョージ・スミスが1824年に蒸溜許可を取得して居を構えたところからは800mほど離れている。違法な蒸溜所が点在していたこの辺りで、スミスの蒸溜所は合法的なウイスキー蒸溜施設の先駆けとなった。
1859年にスミスがおよそ800m離れた丘の下から蒸溜所を移したこの地所は、今も変わることなく伝統ウイスキーの産地である。遮るものもなくリベット渓谷とベンリネス山が見渡せ、スミスが初めて目に留めたときと同じ素朴でみずみずしい状態に保たれているように見えるが、実はここにも多くの変化があった。
6月4日のこの集まりは、世界的な大手、ペルノ・リカールが所有するシーバスブラザーズのシングルモルト、グレンリベットが、そのような変化と共に歩んできたことを象徴する画期的なイベント、新たに拡張した蒸溜所のお披露目であった

かつては質素な蒸溜所であり、そのウイスキーは時を経てジョージ4世やユル・ブリナーといった有名人も楽しんだものだったが、現在この地は単に時の試練を生き延びただけでなく、世界的なモルト需要の増大に応じて思い切った手段に出たブランドとして輝きを放っている。その手段とは主として生産増加に合わせた設備の増強、すなわち新しいマッシュタン1基、伝統的なオレゴン産松の木製ウォッシュバック(発酵槽)8基、銅製ポットスティル(蒸溜器)6基の建設であった。優雅な曲線を描く蒸溜器は、最初からグレンリベットの象徴であった胴がくびれて底が広がったいわゆる「ランタン型」のオリジナルデザインに忠実に、近くのフォーサイスで手作りされ、合計14基になった。新たな6基は先進的な熱回収技術を導入した省エネ設計で、得られたエネルギーを、蒸溜所の別の場所での予熱用途として供給することができる。

このすべてを合わせるとグレンリベットの生産能力は75%増加し、台湾やメキシコなど遠く離れた国の新たな需要を満たすことができる。

蒸溜所の手の込んだ改造は、新しい機材を注文して設置すれば済むことではなかった。シーバスブラザーズのスポークスマン、ジム・ロングによると「蒸溜所の建て増しは気軽にできることではない」

とにかく、152年の歴史を誇る施設の価値を損なうことなく先進的に改築しなくてはならず、改築には蒸溜装置の他に、来訪者が蒸溜工程全体を見学できるように入念に設計された通路の建設も含まれていたのだ。
旧モルト貯蔵庫を壊し、その石造部分を再利用して跡地に作られた新しい建物には巨大な窓があり、オペラのボックス席から見るように周囲の景色を楽しむことができる。毎年およそ4万5千人の観光客がこの蒸溜所を訪れることを考えると、大改造を見せずにおいては意味がない。

ここの歴史的遺産を損なわずに改造するため、史跡保護機関「ヒストリック・スコットランド」との間で頻繁に協議が行われた。1991年から2005年までグレンリベットのマスターディスティラーを務めたジム・クライルは「伝統の保存という観点から、地域の建物との調和が重要です」と言っている。クライルほど内部事情に精通した人でさえ、ブランドと業界全体の進歩には驚嘆しているようだ。「各蒸溜所には時代のニーズを十分に満たす生産能力があり、ブレンデッドウイスキーの原料を生産していました。シングルモルトとして瓶詰めされるのは40%ほどに過ぎなかった。需要が増大した現在、その市場は大きく開かれています

どう考えてもマスターディスティラーの基本的な目標と仕事のやり方は、ブランドがどれほど大きく、また速く成長しようとも伝統を維持することである。ディスティラーの責務はとにかく伝統を守り、モルト独自の特徴を保つよう入念に調整された多くの工程を監督することだ。蒸溜所の発展に際しても、製品を変わらずに維持することが秘訣と言える。したがって、グレンリベット蒸溜所が新たな歴史の扉を開こうとしている今、新たなディスティラーを迎えることに意義がある。そこでおもにスペイサイドにある20ヵ所の蒸溜所で腕を磨き、1986年から1991年にかけてグレンリベットでブルワーとして働いた業界のベテラン、アラン・ウィンチェスターが着任し、過去に焦点を定めつつも先進技術の導入と環境に対する配慮の両立に目を配ることになった。

その仕事を歴史的な観点から見るために、1980年代のジョージ・スミスは蒸溜装置1基で週に220ℓの蒸溜酒をつくっていたが、ウィンチェスターは毎日2万4千ℓの生産を管理するという事実を考えてみて欲しい。とはいえ私が会ったウィンチェスターは、お祝いムードのせいかもしれないが、この責務に怖じ気づいた様子もなかった。「ほんの数年前、ここはごく小さなウイスキー会社でしたが、それから非常に大きく変わりました。月曜の朝はのんびりと新聞を読んでいたのに、火曜日には新しい蒸溜酒を見ながら『これは十分な品質を備えているだろうか』と考えているようなものです」

スコッチ・ウイスキー・アソシエーション(SWA)のキャンベル・エバンズ行政消費者部長もこの日の祝典に出席し、シーバスブラザーズの投資は根拠のある自信を示すものだとして、「業界全体が楽観的です」と述べている。「この2年の間に、業界全体で6億ポンドを上回る投資がありました。事業拡張を目指す人には大きなチャンスです。未来はスコッチにあります」

ちょうどそのとき、チャールズ皇太子が車から降り、この日を記念して、らせん状の石版のようなモニュメントに埋め込まれた銘板をお披露目するために蒸溜所の前に立った。その後、報道陣に沿って進みながら質問に答えていた皇太子は、ふたりの女性に「ウイスキーはどのようにして飲みますか?」と尋ねた。お茶と一緒に、とふたりが答えると、「緑茶と一緒に飲むと美味しいですね。心が温まります」と皇太子。真心に満ちた製品にはまさにぴったりの言葉だろう。

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