歴史ある地区や建物で蒸溜所が開業し、一度は途絶えたウイスキーブランドが復活する。北アイルランドのウイスキーには、過去と未来をつなぐストーリーがある。

文:ガヴィン・スミス

 

ベルファストの古いウイスキーブランド「ダンヴィル」は、エクリンヴィル蒸溜所によって再興された。だが最大都市のベルファスト自体はどんな状況なのだろう。

ダンヴィルの消滅以来、ずっと蒸溜所のない時代が続いていたベルファストにも、ようやくウイスキーづくりの拠点が帰ってきた。それが今年初めに創設されたタイタニック蒸溜所である。

蒸溜所名の由来は、不運にも沈没したあの有名なタイタニック号だ。そして蒸溜所の所在地も、ベルファストで開発が進むタイタニック地区の中心にある。蒸溜所の建物は、タイタニック号の建造に使用されたトンプソン埠頭のポンプ場跡だ。

タイタニック号を造船した歴史地区の一角でウイスキーをつくるタイタニック蒸溜所。ベルファストの新しい名所となるのは間違いない。

共同経営者で取締役のピーター・ラヴェリーが説明する。

「他にも蒸溜所として使えそうな建築物件はあったのですが、歴史的な物語のある場所で創業したかったんです。蒸溜所の窓からは、タイタニック号が建造されて進水地となった乾ドックが見えますよ。埠頭やポンプ場の見学ツアーや、テイスティング会も開催しています」

今年8月に生産を開始したタイタニック蒸溜所では、年間約10万リットルのシングルモルトを製造する予定だ。ウイスキーは伝統的な3回蒸溜でつくられ、発売に向けてスピリッツを熟成しているところ。熟成の完了を待つ間は、グレートノーザン蒸溜所で製造されたブレンデッドウイスキーを「タイタニック」ブランドで販売する。グレートノーザン蒸溜所があるのは、国境を越えたアイルランド共和国のダンドークだ。

近い将来、ベルファストには2軒目の蒸溜所が誕生する見込みだ。この蒸溜所も、タイタニックと同様に街のランドマークを改修した建築プロジェクトである。タイタニック蒸溜所の建物が旧造船所なら、もうひとつのJ&Jマコーネルズ蒸溜所は旧刑務所の建物だ。

ベルファスト北部の歴史的なクラムリンロード刑務所A棟で、蒸溜所事業に2200万ポンド(約41億1300万円)を投資したのはベルファスト・ディスティラリー・カンパニー。ユニークなビジター体験も開発して、毎年10万人以上の訪問者を見込んでいる。

ウイスキーブランド「マコーネルズ」の歴史は、1776年にまで遡る。特に関係が深かった生産拠点は、ベルファストで1899年に創業したクロマック蒸溜所だ。マコーネルズは2020年に復活して、すでにアメリカ、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリア、中国で成功を収めているという。 ベルファスト・ディスティラリー・カンパニーのジョン・ケリーCEOが語る。

「北アイルランドの市場では、今日までに大きな成功を収めています。ホスピタリティ部門やリテール部門の取引先から大きな支持が得られました。これからJ&Jマコーネルズ蒸溜所はブランドの本拠地となり、世界のウイスキー市場でもビジネスを次のレベルへと引き上げてくれるでしょう」
 

続々と創設される新興メーカー

 
タイタニック蒸溜所とベルファスト蒸溜所は、短期的にサードパーティ製のウイスキーを調達して小売するスタイルだ。北アイルランドでは、ヒンチ蒸溜所やコープランド蒸溜所など多くの新興メーカーも同じ戦略を採用している。

ヒンチ蒸溜所はベルファストからわずか15マイル(約24km)ほど南の場所で、起業家のテリー・クロス博士が1500万ポンド(約27億8900万円)を投じて2021年に設立した。絵画のように美しいキラニー・エステート内にあるため、イベント開催やビジター体験が重要な活動の一部となっている。

ドナガディーの映画館跡で開業したコープランド蒸溜所。ラムやジンも蒸溜できるフレキシブルな生産体制で、独特なマッシュビルや2回蒸溜などのオプションを増やしている。メイン写真は、コープランド蒸溜所を創設したガレス・アーヴァイン。

さまざまなサードパーティ製のウイスキーが、ヒンチのブランドで販売されている。現在のラインナップには「ヒンチ スモールバッチ」「ヒンチ 5年 ダブルウッド」「ヒンチ 10年 シェリーカスクフィニッシュ」(以上ブレンデッドウイスキー)、「ヒンチ ピーテッド シングルモルト」、シャトー・ド・ラ・リーニュの樽でフィニッシュした「ヒンチ 19年シングルモルト」などがある。

2019年8月に開業したコープランド蒸溜所は、ベルファストから東へ20マイル(約32km)ほどの港町ドナガディーにある。使用している建物は、かつての映画館とボトリング工場だ。蒸溜所の生産能力は年間4万リットルで、ラムやジンのほかにウイスキーも生産している。

現在のコープランド蒸溜所は、他社製のウイスキーを「マーチャンツキー」のブランド名でボトリングしている。だが自社製ウイスキーが初めてリリースできる日もそう遠くない。コープランド蒸溜所のメーガン・ハイドが語る。

「創業者のガレス・アーヴァインは、ずっと『3年熟成のウイスキーなんかリリースしたくない』とこだわってきました。最初に出すなら5年熟成のウイスキー。だからそれまでじっと待つのだと、はっきりと言ってきましたから」

コープランド蒸溜所による最初の公式リリースは2024年を予定している。だがハイドによると、先行販売の限定サンプルがもうすぐ入手可能になるかもしれない。コープランドのスピリッツ・スタイルについて、ハイドは次のように説明してくれた。

「2019年の生産開始から現在まで採用している4種類のマッシュビルに加え、2023年には5種類目のマッシュビルも追加しました。原料に変化を加えながら、幅広い特性のニューメークスピリッツをつくっています。ラインナップには2回蒸溜のアイリッシュポットスチルや2回蒸溜のチョコレートモルトウイスキーも含まれています」
(つづく)