廻天の時 -アナンデール蒸溜所【前半/全2回】
90年以上の時を超えて復活したアナンデール蒸溜所。その険しい道のりと引き換えに輝く将来のビジョンを全2回にわたってレポートする。
現在続々と操業開始しているスコッチウイスキー蒸溜所のほとんどは、新たに建設したものかビールの醸造所などの別の建物を改築したものだ。
しかし、アナンデールは違う。長い間姿を消していたひとつの蒸溜所が、元々の場所で、できる限り残っている設備を使って完璧に再生したという点で、他の新規蒸溜所とは異なっている。
イングランドとスコットランドの国境からわずか11㎞北、歴史的な町、ダンフリーズから約25㎞のところに位置するアナンデール蒸溜所。ここは、スコットランドの多くの蒸溜所と同様に、ウイスキー蒸溜を自由化した1824年の物品税法を受けて、元税官吏のジョージ ・ドナルドが1830年に作り上げた。
ドナルドの死後、1883年にジョン・ガードナーの手に渡り、続く10年間でガードナーが大幅な改造を進めた後に、大手のジョン・ウォーカー&サンズ社に買い上げられた。
ウォーカー社は既にスペイサイドにカードゥ蒸溜所を所有していたため、ブレンディング用にピーテッドモルト原酒の供給源を確保するためにアナンデールを買収したと考えるのが妥当だろう。ウォーカー社はこの蒸溜所を1919年まで操業し、2年後の1921年に完全に閉鎖した。
アナンデールと同社の関係は1924年に終わり、その後はロビンソン一家が蒸溜所の全ての建物と農場を含めた設備一式を引き継いで、数年間製麦工場として使っていた。
そして2006年、デイヴィッド・トムソン教授と妻のテレサ・チャーチがアナンデール物語に登場する。
トムソン教授はオックスフォードシャーを拠点にしているが 、元々はダンフリーズの生まれで、妻の職業は穀物科学者だった。
「私はずっとスコッチモルトウイスキー、特にその生産技術に関心を持っていました」と教授は説明する。
「科学とクラフト的な技術が合体している点、そしてスコットランド経済にとって重要である点が気に入っています」
1981〜1989年の間消費者心理学を教えていたトムソン教授は、現在チャーチとともに、特に飲食物とヘルスケア関係専門の調査会社「MMRリサーチ・ワールドワイド社」を率いている。
「基本的に、私たちはハイエンド市場のリサーチを行っています」と彼は言う。「そしてかねがね自分の手でのウイスキーをつくれないかと思っていて、蒸溜所にできそうな建物を探していました」
「そしてブライアン・タウンセンドの著書“Scotch Missed(失われたスコッチ)”でアナンデール蒸溜所について読み、危険にさらされている歴史的建造物のリスト「Buildings at Risk」に載っていたので、かなりの部分が無傷で残っていると分かりました。2006年の6月に初めて実際に見て、翌年の4月にロビンソン家から購入しました 」
アナンデール再生の中心になったのは、1980年代初期からトムソン教授と知り合いだった蒸溜所コンサルタントのジム・スワン博士と、アイラ島のキルホーマン蒸溜所でマネージャーをしていたマルコム・レニーだ。
トムソン教授は、キルホーマン蒸溜所の5日間の「蒸溜体験」コースでウイスキーづくりを実体験したときに、初めてレニーと出会った。
「キルホーマンでの経験で、スコッチウイスキーとその製造に対する私の情熱はさらに強くなりました」とトムソン教授は振り返る。「数年後に再びマルコムと遭遇し、彼に蒸溜所マネージャーとしてアナンデールに関わってもらうようになりました。最初からマネージャーが傍にいるのはとても助かりました。彼には本当に感謝しています」
TV番組の「Grand Designs」(WMJ註:様々な、珍しく豪華な家を建てる経過を放映する番組)を見たことがある人なら、古い建物の修復には必ず予想より時間とコストがかかることをご存知だろう。
アナンデールも、ドイグ式パゴダ屋根のキルンを含めて設備の多くは元のままだったが、スチルハウスは何年も前に取り壊されていた。とりわけ危険なまでに膨張して、やっとのところで鋼鉄で支えられている元マッシュハウスの建物など、非常に多くの修復作業を要した。
そのマッシュハウスに隣接するミルルーム(製粉室)を新たなスチルハウスに改造することになり、ロセスのフォーサイス社にスチルの建造を依頼した。フォーサイス社は多くのミル機材も提供したが、それらは同社が事業地拡張のために隣接するキャパドニック蒸溜所を買収して取り壊した際に残しておいたものだった。
ドイグ式キルンは復活し、1階部分は今のところビジターが通る区域になっているが、トムソン教授は、いつの日か本来の目的通りに自家製モルティングシステムの一部として再生させたいと考えている。
ウォーカー社の時代にさかのぼる既存のダンネージ式貯蔵庫2ヵ所も復活し、およそ12ヵ月分の原酒を貯蔵する予定だ。トムソン教授は積極的にさらに多くの貯蔵庫を蒸溜所の外でも探している。熟成中の原酒に海の影響を与えたいと考えているため、近くのソルウェー湾岸であれば最高だ。
【後半に続く】