コロナ禍を生きるバッファロートレース【第3回/全3回】
文:マギー・キンバール
感染症の拡大に対応して、ビジターの受け入れを休止してきたバッファロートレース蒸溜所。だがこれは悪いことばかりでもなかった。ビジターツアーができない期間は、工事のスタッフもビジターの邪魔になることがない。だからこの機に乗じて、建設計画を前倒しで進めることができたのだ。それだけでなく、現場での仕事がなくなったツアーガイドたちにとっては、将来の新しい状況に向けてツアーの内容を再構成するチャンスにもなった。ビジターツアーで人気ガイドとして活躍するフレディー・ジョンソンが回想する。
「ツアーのグループは8人までということにして、ビジターセンターの2階ではバーボン業界を競馬のサラブレッドになぞらえた展示内容にしました。バーボンの巨人たちというテーマで、メインのエリアにスタッグ、ブラントン、ウェラー、パピーの各人にまつわる物語を掲示しています。その後のテイスティングに際しては、リストバンドをスキャンしてビジターを正しいグループごとにまとめ、テイスティングが法律で認められている21歳以上か否かなどのチェックをします。なかには2種類以上のツアーに参加するお客様もいるので、そのような場合はテイスティングを最後のツアーにまとめます」
テイスティングを1回にまとめるのは、1日のテイスティングで認められた酒量を超えないようにするためのルールなのだという。フレディー・ジョンソンの説明は続く。
「ビジター体験については、5つのポイントについて深く考察してみました。蒸溜所の大小に関わらず、どんな場合にも重要な事柄です。まず第1に、蒸溜所ツアーに参加したときの体験をあらかじめ伝えておくこと。第2に、禁止事項とお楽しみを明確にして、参加する価値のあるツアーかどうかを判断してもらうこと。第3に、現地のツアーに参加する前にバーチャルツアーを体験してもらい、実際に蒸溜所に足を運ぶだけの価値があるかどうかを判断してもらうこと。第4に、お客様を大勢の中の1人として扱うのではなく、それぞれ個人として尊重してパーソナルな体験を提供すること。そして第5のポイントは、お客様はショップでお金を落としてくれる金づるではなく、自宅を訪ねてきた来客だと思って心からおもてなしすることです」
バッファロートレースのビジター向けツアーにはリピーターがいる。しかし何度も参加したことがある人であっても、次回に再訪するときはまったく異なった新鮮な体験が待っているのだとジョンソンは請け合う。
秘密の貯蔵庫で展開される壮大な実験
バッファロートレースは「貯蔵庫X」と呼ばれる場所で研究を重ねて、これから何年も先の未来を見据えている。マスターディスティラーのハーレン・ウィートリーが説明する。
「熟成の未来と題した実験が進行中です。これは20年がかりの長期的な実験になります。バレルをそれぞれ異なった環境の小部屋に入れて、熟成の違いを理解するのです。空気の流れ、気温、湿度、日光の有無、樽の表面温度などにバリエーションがあります。それぞれのウイスキーが、特定の熟成状態になる原因を突き止めるのが目的。そうすることで、既存の貯蔵庫内の環境によってバレルごとに異なる味わいの法則を知ることができるのです。データポイントが600万件を超える大実験。あらゆる側面から熟成の条件を探り、いずれ最終的なウイスキーの味わいについて多くを理解できるようになるでしょう」
このように実験、生産の拡大、ビジター体験の強化などがぎっしりと詰まったバッファロートレースには、間違いなく活気あふれる将来が待っていることだろう。シニアマーケティングディレクターを務めるクリス・コムストックが予測する。
「世の中が正常な状態に戻って、人々の安全が確保できるようになったら、観光客の訪問数も以前のような水準に戻っていくものと予想しています。あと1年ですべてが元通りになるようなことはおそらく望めませんが、2〜3年もすればきっと以前のような忙しい毎日がやってくることでしょう。現在もここを再訪してくれる人が出始めているので、そんな皆さんの笑顔を見るたびに嬉しく思います。ツアーの現場にも足を運んで、お客様と直接会話しながら、みなさんが楽しい時間を過ごしている様子を見るのが何よりの喜びですから」
成長が続くバーボン人気への対応も続いている。マスターディスティラーのハーレン・ウィートリーが、需要へ対応する計画について説明する。
「消費者やウイスキーファンの皆さんから、お店に行ってもバッファロートレースのウイスキーがないというご不満が聞こえてきます。今はそんなお客様たちに、現在の状況をしっかりと説明するとき。バッファロートレースは数億ドルもの投資をおこなって生産量を拡大している最中です」
消費者のニーズを満たすため、マーケットに投入するウイスキーの量を大幅に増やす。そんな目標に向かって、現在は毎日努力を続けている最中なのだとハーレン・ウィートリーは語る。
「休日も設けず、ノンストップで工事と生産を続けています。この生産拡大計画は、さらに成長していく予定です。もっとも先の長い計画は、2034年まで続くことになります。このような生産拡大計画は、半年ごとに見直されて上方修正されています。どれだけの貯蔵庫が必要なのか、何本のバレルを組み上げなければならないのか、その都度しっかり計算するのです。成長はまだまだ続きます。この2021年にはワクチン摂取などが功を奏して、感染症の恐怖が改善されていることを期待しています」
フレディー・ジョンソンも「最後に数えたときは、蒸溜所内で熟成中のウイスキー樽(バレル)は70万本以上ありました。そのなかで、3万本以上が実験を目的とした樽です。未来のバーボンとなる原酒は、すでにここにあります。商品になる時期だけが、まだ未定なだけです」と現状を明かしてくれた。
バッファロートレース蒸溜所の経営陣は、人と経済の動きが止まった2020年を有効利用できたようだ。未来に備えてビジターの受け入れ能力を拡大し、最低6年以上は樽内で熟成する高品質なウイスキーを増産し続けている。クリス・コムストックが説明する。
「今回のコロナ禍も、バッファロートレースが乗り越えるべき数々の苦難のひとつに過ぎません。私たちは、立ち止まってなどいられないのです。今年のスピリッツ生産量は、過去最大になる予定。樽もたくさん造らなければなりません。現在つくっているスピリッツは、2028年以降に発売するウイスキーです。今から頑張らないと、8年後に売るべきバーボンが何もないという状況に陥ってしまいますから」
コロナ禍で立ち止まってしまうことなく、むしろ積極的に未来の計画を進めることで、バッファロートレースはバーボンづくりの伝統をしっかりと次世代に受け継ぐ体制を確保した。最後にフレディー・ジョンソンが感慨深げに語ってくれた。
「ジョッシュ・ウィートリー、ディロン・リヴァーズ、発酵の天才であるケヴィン・ニュワチックなど、バッファロートレースで働く若い世代の仕事を見ているだけで胸が高鳴ってきます。現在この蒸溜所で彼らがつくっているウイスキーは、私が人生で味わう機会のないものも含まれてくるでしょう。かつてのマスターディスティラーであるエルマー・リー、ロニー・エデンス、レナード・リドル、彼らと働いた私の父などの先人も、次世代の人々がバッファロートレース蒸溜所で完成させたウイスキーを味わうことなくこの世を去っていきました。今やっているウイスキーづくりは、はるか未来に国際賞を受けるかもしれません。そんなことを考えながら、謙虚に最高の仕事を追求するだけです」