一時はウイスキー不毛の地と考えられていたニュージーランドで、2015年に創業した本格的な蒸溜所。美しい自然に抱かれたカードローナを訪ねる2回シリーズ。

文:タッシュ・ギル

 

ニュージーランドの南島を旅すると、荒々しい大自然の風景がどこまでも続いている。ごつごつとした岩山やタソックと呼ばれる草木に覆われた大地は、否応なしにスコットランドのハイランド地方を想い起こさせる。

カンタベリーとサウスランドに広がる麦畑は、長い夏の午後の日差しを浴びて大麦モルトの原料を育てる。人里を離れるに従って、畑や牧草地は手つかずの自然へと姿を変えていく。点在する高山湖から流れ出る清水は、細い支流が次第に合流して大きな川となる。

ここはクイーンズタウンとワナカのちょうど中間点だ。息を呑むようなクラウン山脈は交通の難所でもあり、その懐にカードローナ渓谷はある。広大でありながら、木々が多く鬱蒼とした土地柄だ。昼には金色の光が眩いばかりに輝いているが、夜の闇もひときわ深い。日が没すると、ミッドナイトブルーの空に満天の星がきらめきだす。

ウイスキーづくりには、さまざまな時間の流れがある。たとえば蒸溜時にカットを決めるときは、素早い状況判断と即断が必要だ。また数日間かかる発酵は根気の要る作業だが、樽を用意してスピリッツを熟成する何十年もの年月に比べたら一瞬の出来事ともいえる。

事前にカードローナ蒸溜所のスピリッツを味わいながら、そんな時間の不思議を考えていた。原酒はようやく5歳になろうという若さだが、実際よりもかなり成熟した印象がある。

オーナーのデジレ・ウィテカーは、さぞかし肝の据わった女性に違いないと予想していた。勇気と技術と決断力を兼ね添え、驚くほど優雅な包容力に飛んだ人。だが実際に会ってみると、几帳面で何事にも細やかに正確を期すタイプだった。リッチで格別な品質のウイスキーをつくるため、さまざまな努力を重ねているのだ。

カードローナ蒸溜所にあるフォーサイス社製のポットスチルからは、そんなデジレの気風を反映したスピリッツが流れ出ている。蒸溜所の隅々まで、家族経営らしい親密でユニークな雰囲気が漂う。カードローナでは、ウイスキーづくりにかける意気込みが満ち溢れているのだ。 

 

ニュージーランドウイスキー復活の立役者

 

ニュージーランドには素晴らしい大自然があり、理想的な水質と大麦の生育環境にも恵まれている。だがこの国では、ウイスキーの生産が容易だった時代はない。かつて南島で運営されていたウィローバンク蒸溜所は1997年に倒産。同社のウイスキーやノウハウは、すっかり国内外に散逸してしまったのだ。

ニュージーランド産のウイスキーをつくるという夢物語は、ここでもう潰えてしまったと多くの人々が確信を持っていた。それでも20年後、ウイスキー愛好家や夢想家たちの間に何か説明できないような力が働いて、ニュージーランドウイスキーがカムバックを果たす。その大きな変化を担ったのが、デジレ・ウィテカーとカードローナ蒸溜所のチームだった。

ウイスキー蒸溜所の建設は、デジレの「やりたいことリスト」の最後尾に位置づけられていた。まずは農場の経営に成功し、当時の婚姻関係を解消し、香水の生産者となった直後に、ようやくウイスキーづくりへの夢が現実味を帯びてきたのだという。

「やりたいことリストの上位には、ずっと香水づくりがありました。でも憧れていた香水づくりについて学ぶほど、蒸溜工程やアルコールの存在に惹かれていったんです」

香油を保存するのに、もっとも適した物質がアルコールだ。温かい肌に触れると簡単に揮発して香りを放つし、アルコールによって常に香料の量や品質を均一に保てる。だからカードローナの貯蔵庫で甘いアロマを吸い込むと、デジレが叶えた夢の本質を簡単に理解できた気分になってくるのだ。

2011年、デジレは生来の冒険的な気風に従って旅に出た。農場の成功で得られた資金を使って、スコットランドとアメリカでウイスキー蒸溜を学んだのだ。デイヴ・ ピッカレル(メーカーズマーク)に師事した経験から、あらゆることに徹底して最善を尽くす現在の方針を固めた。つまり安価なエタノールを使った簡単なウイスキー生産法が世に溢れていることを知った上で、あくまで本物のウイスキーを目指すことにしたのである。

カードローナでは、理想のウイスキーを実現するためにローレット種の大麦をニュージーランドに輸入している。そして一切手を抜かずに、細心の注意を払いながらすべての生産工程を完璧に守っている。 

最上の品質を追求し、あらゆることに完璧な準備をするのがデジレの流儀だ。その断固たる姿勢は、蒸溜所の建設地選び、蒸溜所の設計、ポットスチルの購入、生産技術の調整などに現れている。どれもみな、カードローナ独自の特性を持ったスピリッツをつくるためだ。このスピリッツは、順次発売されているニューメイクスピリッツ商品「ジャスト・ハッチト」で確かめることができる。

旅行から帰ったデジレは、2013年に農場を売却して蒸溜所の建設地を探し始めた。そしてこの地に白羽の矢を立て、2015年に新築の蒸溜所で最初のスピリッツを蒸溜した。2015年11月5日に、最初の樽詰がおこなわれている。
(つづく)