数あるシェリー樽のなかでも、圧倒的な個性を放つマツサレム樽。ダルモアのアプローチは、古き良きスコッチウイスキーへのオマージュだ。

文:クリストファー・コーツ

 

ゴンサレス・ビアスのなかでも最高級の長期熟成ワインが入っていたマツサレムのソレラ樽は、何十年にもわたって使用されてきた古いアメリカンオーク材で作られている。だいたい30~40年前から使用されているものが多く、中にはもっと古いものがある。ヘレスには200年以上前の樽を所有しているボデガも多いので、このようなソレラ樽があるからといってさほど驚くには当たらないのだという。

ここまで古い樽がある理由には、シェリーのメーカーが樽に熟成速度を期待していないという背景がある。短期間にオーク香を授けるという発想ではなく、通気性だけを確保した不活性な樽を重用しているのだ。ヘレスで造られるワインの熟成度は、ウイスキーのようにオーク材からの成分の多寡によって測られるものではない。シェリーはそれよりもフィノのように生物学的な熟成を目指したり、オロロソやペドロヒメネスのように酸化の度合いにもとづいた熟成のスタイルを目指している。

北ハイランドのロスシャーにあるダルモアは、古き良きスコッチの精神を体現するウイスキー蒸溜所だ。

クリアデラと呼ばれる階層からなるソレラシステムの一角に組み込まれる前に、アメリカンオークの新樽はまず若いシェリーのシーズニングに使用されなければならない。このシーズニングは、ウイスキー業界で広く実践されているシェリーシーズニングのプロセスと同様のものである。

かつて新樽はまず発酵槽として何年も使用され、その過程でワインの熟成に影響を与え過ぎないくらいまで「中和」するという手法が取られていた時代もあった。だが1970年代にシェリー業界がステンレス製の発酵槽を使用するようになると、このような手法は一般的なものではなくなっていった。

どちらにしても、このようなシーズニングのプロセスによって、新樽からタンニンや香味成分が抽出されることになる。中和された樽は、シェリーを長期間にわたって熟成しても強烈な影響をもたらさなくなるのだ。

長期熟成のシェリーにはニュートラルな性質な樽が必要なため、新しいオーク材をソレラシステムに組み入れるまでには高いコストがかかる。オーク材、樽加工、ワインのシーズニング。このワインはタンニンの含有量が多すぎるので、通常は蒸溜酒の原料にするしかない。コストはもちろん時間的にも気の長いプロセスである。そのため本当に必要な分以外は定期的におこなうこともない。

樽が適切なレベルまでシーズニングを済ませたと判断されたら、ソレラシステムの一角に組み入れられてシェリーを貯蔵し、その後何十年も(場合によっては何世紀も)使われ続ける。このことを考えても、通常の状況なら、ソレラ樽が修復不能なくらいに破損したり、完全に不要になったりしない限りは、ソレラシステムから古い木材が取り除かれることはほとんどないということになる。

ソレラシステムに使用されている樽は希少であるため、そこから樽を抜き出して他社に販売する場合は非常に高額な値をつけるのが普通だ。あるウイスキーメーカーが語ったところによると、スペインの樽工房からシーズニング済みの樽を新品で購入するする値段(約1000英ポンド)よりもはるかに高いという。

ソレラ樽は何十年にもわたってシェリーを貯蔵した経歴があるのだが、だからといって木の影響力がまったく失われている訳でもない。このような樽はウイスキーのようにアルコール度数が高いスピリッツを貯蔵すると印象的な特性を授けることができる。ただしその特性は元々のオーク材に備わっていたものというより、貯蔵していたワインからの影響が強い。何十年という長期間にわたってソレラ樽に接触してきたワインの風味が、オーク材の特性として取り込まれているのだ。

 

マッケンジー時代の伝統がよみがえる

 

ダルモアのマツサレム樽は樽材が非常に古く、実際に極めて熟成度の強い高品質なシェリーを長期間にわたって貯蔵してきた。ということは現在の一般的なシェリー樽よりも、かつて熟成されたシェリーをスコットランドまで輸送するための容器として使用されていた伝統的なシェリー樽との共通点が多いともいえるだろう。

このような輸送用の樽は、マッケンジー兄弟も使用していたはずだ。そんな意味においても、新樽にシーズニングを施した注文生産のシェリー樽より、ダルモアの記念ボトルを熟成するのに相応しいと考えることもできる。

マスターブレンダーのリチャード・パターソンは、スコッチウイスキー界を代表する名匠。ダルモア創立180周年にあわせて、驚くべき記念ボトルをリリースした。

ゴンサレス・ビアスとの特別な提携関係を大切にしながら、リチャード・パターソンはダルモアの創設者たちが築いた伝統を現代に蘇らせた。歴史的なウイスキー熟成のスタイルをあらためて採用し、ダルモアらしいユニークなフレーバーを継承している。このアプローチは、スコッチウイスキー業界のあちこちですでに絶滅してしまった希少な記憶を次代に伝えるものである。

そしてこの「ダルモア51年」は、ちょうど51本限定で信頼のおける販売網から発売された。 希望小売価格は55,000ポンド(約700万円)である。リチャード・パターソンは、この価格がウイスキーの価値に見合ったものだと確信しているようだ。

「非常に高価なウイスキーだと思われるかもしれませんが、このウイスキーにはまったくプライスレスな価値があるんです。デキャンタの中に入っているのは、本当に特別なウイスキーなのですから」

以前に『ダルモア64年トリニタス』を3本限定で発売したときは、最初の2本がハロッズで100,000英ポンド(約1,300万円)、3本目は120,000英ポンド(約1,550万円)で販売された。

「購入した持ち主はまだウイスキーを飲んでいません。今では3本あわせて1,300,000英ポンド(約1億7,000万円)の価値があるようです。この間の時代の変遷には驚くばかりですね」

傑出したボトリングであることはもとより、この「ダルモア51年」リチャード・パターソンと蒸溜所チームからの決意表明のようなものだと言ってもいいだろう。そこに投じられたブランドの伝統、最高級ウイスキーとしての矜持、莫大な費用と時間を投じた希少な古樽などがダルモアの歴史を物語っている。

世界でもっとも急速に台頭しているスコッチシングルモルトウイスキーのブランドであり、ウイスキー業界でも3本の指に入る巨大投資も敢行したダルモア。蒸溜所のチームは、ナンバーワンブランドとしての未来をしっかりと見据えているのかもしれない。記念ボトルのリリースからは、今から180年後までも展望する壮大なメッセージが伝わってくる。