ウイスキーの冒険者 ビル・ラムズデン博士に訊く

September 18, 2015

この約20年、革新的なウイスキーで世界を驚かせてきた稀代のイノベーター。グレンモーレンジィとアードベッグの蒸溜・製造最高責任者を務めるビル・ラムズデン博士に、その発想力の秘密を訊ねたウイスキーマガジン独占インタビュー。

聞き手:ステファン・ヴァン・エイケン

取材協力:MHDディアジオモエヘネシー

 

NASAと共同で「宇宙熟成」の実験を終えたばかりのビル・ラムズデン博士。自由な発想と科学的な裏付けによって、最先端のウイスキーづくりを実践している。

生まれて初めて飲んだウイスキーは?

グレンモーレンジィ10年。1984年にエディンバラのパーティーで飲みました。それがきっかけでモルトの世界に魅せられ、ヘリオット・ワット大学の博士過程を修了してスコッチウイスキーの世界に入ったことを考えると、運命的なものを感じますね。

 

これまでの実験で、明らかに失敗だったと思う熟成法はありましたか?

元のウイスキーを台無しにしてしまうような、熟成の失敗例も時にはありますよ。どんなスピリッツや樽にも、スコッチの香りを損ねてしまう要素は存在するので、万能の熟成法などはありえないと思っています。失敗例ですか? 口止めされているのではっきりとは言えませんが、ブラジル産のチェリーウッドはウイスキー樽に向いていませんね。

 

長期の熟成ではなく、フィニッシュ向きのカスクはありますか?

ワイン樽はあくまでフィニッシュ向けだと思っています。例えばシェリーバットで長期熟成すると、たいていウイスキーの風味はダメになります。でもまあ、これは単に好みの問題かもしれません。フランスワインを貯蔵したバリック樽で長期熟成すると、フレンチオークからタンニンが出すぎるので結果はおおむね最悪です。

 

アードベッグには実験的なフィニッシュが見られませんが、アードベッグに相応しい実験はどのようなものですか?

よくやるのは、スピリッツをよく熟成させて、バーボン樽で貯蔵したクラシックなアードベッグとブレンドすることです。私が思うに、アードベッグのようなスタイルのウイスキーにフィニッシュは向いていません。

 

現在はカスクが不足していて、木の質も低下しているという噂についてどうお考えですか?

どちらも本当だと思います。グレンモーレンジィとアードベッグではサプライヤーと長期契約を結んでいるのでカスク不足の心配はありませんが、今すぐ50,000樽のバーボン樽が必要だと言ったら物笑いの種になるでしょう。たくさんのバーボン樽が空になる数年後には状況も好転すると思いますが、いまは事態を慎重に見守っているところ。望みの樽が手に入らないので、生産を縮小した蒸溜所も知っています。

バレルの質が以前とは違うという話にも信ぴょう性はあります。真偽のほどはわかりませんが、アメリカでは伐採してわずか8週間の木材から樽を作ってスピリッツを入れる例もあるのだとか。これはアメリカンウイスキーの品質を変えるし、スコッチウイスキーも連鎖的な影響を受けます。グレンモーレンジィ社では、伐採後最低2年以上が経過した木材だけで作った「デザイナーカスク」を用いることで、このような状況を防いでいます。

 

「グレンモーレンジィ シグネット」のような深煎りモルトを思いついたきっかけは何ですか?

実をいうと、コーヒーへの不満がきっかけでした。淹れたてのコーヒーのアロマは素晴らしいのに、香りに匹敵する味わいに出会えない。このギャップは何だろうと考え、学生時代に面白半分でいろいろなローストやコーヒー豆を試してみた結果、ブルーマウンテンのミディアムローストが最高だという結論に至りました。そしてローストのプロセスと、モルトウイスキーの世界をひとつにできないだろうかと悩んだ挙句に、大好きなクラフトビールのようにスタウトやポーターに使うハイローストのチョコレートモルトを作ればいいじゃないかと思いつきます。グレンモーレンジィのスピリッツから秘密のバッチをつくり始め、納得できる処方を確定させるまでには長い時間がかかりました。チョコレートモルトのウイスキー自体は荒々しいので、7~8種類のグレンモーレンジィを組み合わせたレシピになります。処方は年に1~2回おこないますが、極めて複雑な細部を持っているので完全に同じものをつくるのは不可能です。

 

「MHDグランドモルトテイスティング2015」では、アードベッグとグレンモーレンジィからもさまざまなバリエーションが紹介された。

「グレンモーレンジィ トゥサイル」では通常と異なる大麦を使用していますね。

グレンモーレンジィの蒸溜責任者になって間もない頃に思いついたアイデアです。モルトのサプライヤーである「ポールズモルト」のイアン・マクリーン氏と話しあいながら、秋蒔き大麦でウイスキーをつくってみました。秋蒔き大麦100%ではなく、春蒔き大麦と半々にしたり、春蒔きと秋蒔きを3:1にしてみたり。その後で自分用にマリスオッターを栽培してフロアモルティングで製麦したら、満足できる結果が得られたのです。「グレンモーレンジィ オリジナル」と決定的な違いがあるわけではありませんが、こんな実験を通じていつも新しいことを試したいと思っています。

 

実験の分野で、残されているのはイースト菌です。

ここ数年でたくさんの実験をおこなってきました。結果を発表するまで、あと数年はかかるでしょう。今言えるのは、本当に面白い事実を発見できたということ。プロジェクト名は「ゴディスグード」です。古代エジプトの人は、麦汁をアルコールに変えるのがイースト菌の作用だとは知らなかったので、イースト菌の発酵作用を「神は偉大なり(god-is-good)」つまりゴディスグードと呼びました。みなさんを驚かせるために準備を続けたいと思います。

 

年数表示がないウイスキーは信用できないと考える人たちに、言いたいことはありますか?

「明らかに3〜4年もののウイスキーが入っている」などと訳知り顔で話す人を見ると、少しイライラしますね。年数表示のないウイスキーに、そこまで若いウイスキーを入れることはありません。でも、あえて意図的に若いウイスキーを使う場合は別です。6〜7年ものを使った「アードベッグ ベリーヤング」や、4年ものの「アードベッグ ウーグリング」なども出しましたが、ウーグリングは半分冗談のようなものでした。私が思うに、年数は問題じゃありません。ウイスキーづくりには年数よりも大切な要素がたくさんあります。私が世に送り出すウイスキーは、ブランドに相応しい品質だと認められたものだけです。疑り深い批評家タイプはどこにでもいますけど。

 

アードベッグ蒸溜所の200周年を祝うため、20155月に発売された「アードベッグ パーペチューム」の内容は?

新しいフレーバーをつくる個人的な実験ではなく、200周年の記念ボトルをつくるプロジェクトでした。だから200樽のカスクをブレンドするとか、平凡なアプローチでもよかったのかもしれません。でも実際にそんな提案をしてきたマーケティング担当者には「決めるのは私だ」と毒づいてやりました。この200年はアードベッグ蒸溜所にもいろんなことがあったし、この10年は私もたくさんの実験をしてきました。自分がつくったウイスキーのほとんどは樽単位でいくつかキープしてありますので、それらのウイスキーの要素がすべて入ったボトルをつくってみようと考え、「パーペチューム」が生まれました。

 

ご自身が監督されているブランドで、これから取組むべき問題は何ですか?

グレンモーレンジィにもアードベッグにも、新製品を求めるファンからの貪欲な要望が寄せられます。でも一度にできることは限られているので、そうした需要に応えていくことがひとつの挑戦になります。仮にこれからインドが輸入関税を大幅に引き下げることがあれば、スコッチウイスキーはインド一国の需要さえ満足させることができなくなるでしょう。中南米の国々がスコッチウイスキーのシングルモルトに目覚めたら、やはり供給は厳しくなります。

 

「ラムズデン博士の宇宙」にインスピレーションを与えてくれるのはどんな人たちですか?

偉大なるマイケル・ジャクソンは、その一人に入るでしょう。いやウイスキー評論家ではなく、歌手のマイケルですよ。プリンスの圧倒的な才能にも影響を受けています。作詞、作曲、アレンジ、演奏、プロデュースと、ほとんど全部を一人でやっちゃいますから。ファッションデザイナーにもお気に入りがいます。「いったい誰がそんな馬鹿げた服を着るんだよ」という作品も含めて敬服しますね。暑苦しいキッチンで、汗にまみれながら素晴らしい料理を作り出すシェフたちも驚嘆の対象です。あとは自転車のランス・アームストロングや、ラグビーのオールブラックスなどのスポーツ選手。たくさんの人たちからパワーをもらっています。

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