ジョージ・ディッケル ―月光に照らされて【後半/全2回】
ジョージ・ディッケル蒸溜所の謎に迫った前半に続き、後半では製法のこだわりを紹介する。テネシーウイスキー、いや、ディッケルならではの独特の製法とは?
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前回はジョージ・ディッケル蒸溜所の歴史についてお伝えした。それでは現代の、私の蒸溜所見学の旅に戻ろう。
蒸溜所では、マスターディスティラーのジョン・ランが出迎えて、貯蔵庫も含めて内部を案内してくれた。さらに実に親切にも、かつて「アルコール・タバコ・重火器の税・取引局」担当官の孤独なオフィスだったいわゆる「政府の建物」で、即席のテイスティングを催してくれた。
ランに会うという幸運、そして「政府の建物」の内部に入るという貴重な経験をした人は、この蒸溜所では何事も「予期せぬ緊急事態など起こらないように」行われること、そして「壊れていないものは直さない」という原則で操業していることが分かるだろう。
これはマーケティングの戯言ではない。ウイスキーづくりに直接的に関連している。蒸溜所はコンピュータ化されておらず、機械類は数十年を経ていて、レシピと生産方法は、昔ながらのディッケル流のテネシーウイスキーをつくるやり方だ。
マッシュビルは、コーン84%、ライ麦8%、大麦麦芽8% 。「どんなバーボンやウイスキーよりもコーン含有量が多いでしょうね」とランは言う。それがウイスキーに若干甘めで、柔らかい風味を与えている。発酵はできる限り自然に、開始温度は天候次第、時間(3日か4日のサイクル)は曜日に応じて。
一度目の蒸溜液は40F(4.5C)に冷却され、二度目の蒸溜をするためにダブラーに移される。
その不思議な冷却の理由は、公式には「冬に蒸溜したウイスキーが夏に蒸溜したものよりはるかに良い味がする」ことにジョージ・ディッケルが気付いたからというものだ。しかし前記の状況を考慮して、誰かがその工程を意識的に決定したとするなら、私はそれはマクリーン・デイヴィス(前半参照)であろうと断言できる。
真実がどうあれ、それには訳も理由もある。蒸溜液を冷却すると、蒸溜所内の温度変化による悪影響を打ち消して、再溜でより良いスピリッツを確保できるのだ、とランは言う。こうして次のステップ、テネシーウイスキーの特色、チャコール・メロウイングの準備が整う。
スピリッツはサトウカエデ(メープル)の木炭を入れた桶に1週間浸される。
このメロウイング法が、「浸すのではなく濾過」している他のテネシーの蒸溜所とディッケルを似て非なるものとしている。「濾過するのではなく浸す」―ランの説明によると、炭とスピリッツとの間に均一な反応が起こるように、この方法を採っているということだ。
次いで、スピリッツから不純物を取り除いたら、熟成の始まりだ。
スピリッツは、桶からチャーリングした新しいアメリカンオークの樽に移される。ライウイスキーは特別で( シーグラム蒸溜所のものだった、MGPIから購入したストック)、熟成後に炭でメロウイングする。
平屋の熟成庫に置かれた原酒の熟成期間は、ひたすらリンの判断に頼っている。
マスターディスティラーに「熟成ではなくブレンドによって風味を作ること」を求めるディッケルの伝統だ。 3年モノの「カスケード・ホロウ」でも年数表示がある。そして「No. 8」は4〜6年熟成され、「No. 12」は約8〜10年、スモールバッチの「バレルセレクト」は10〜12年の熟成を経た原酒で構成される。しかし、これらの年数が、必ずしも素晴らしいウイスキーをつくるわけではない。「良いウイスキーというのは」と ランが締めくくる、「数字ではなく風味で決まるものですから」。
そう結論が出たところで、そして帰途につく前に、「政府の建物」で4種類のディッケルのラインナップをテイスティングした話に戻ろう。ほとんど重要ではないが(それがどれほど良かったか、皆さんは既にご存知だろう)、参考までに言っておくと、以下が私の感想だ。
ディッケルのテイスティングは 3D写真を見つめるような、あるいは、ウイリアム・ブレイクの作品を読むようなことだ。
最初は簡単すぎる― 面白いまでに単純に見える。
しかしもう一度試すと、何かがちくりとくる。考えていたとおりの事はひとつもない。質感的には、濃く、深くなる。何かまだ見えない深さを感じる。もう一度試す、そしてもう一度、すると、特にバレルセレクト、あるいはNo. 12では、何か実に荘厳なことが起こる。
私にとっては、スライドショーのような記憶の断片の連続だった ―木の家、タバコの煙、机の上に反射した太陽、夏の森、空気中の埃、パンケーキ…全てが今ここあるように感じられる。幻覚を見ているのではない。気持ちのいい感覚だ。
私の旅は終わった。しかしディッケルの長い長い余韻は、今も続いている。
ディッケルはその謎めいた生い立ちと独特の製法で、唯一無二の世界を保ち続ける。「月光のようになめらか」――そう、陽の光が当たらない部分にも、たっぷりとその魅力を湛えながら。