新興のウイスキー産地として、革新的な試みの余地を広く残したい。だが産地ブランドの評判を守るには、品質を保証する最低限のルールも必要だ。世界中のファンが、「イングリッシュウイスキー」の動向を見守っている。

文:ベッキー・パスキン

 

イングランドで近年に設立されたウイスキーメーカーが、産地ブランドを守るための業界団体を設立しようとしている。だが前回配信の記事でお伝えしたとおり、すべての蒸溜所がそれそれのアイデンティティを確立するために別々の努力を続けている最中だ。このような状況で、イングリッシュウイスキーという単一のカテゴリーを定義することはできるのだろうか。

イングリッシュウイスキー業界の連帯を主導しているのは、コッツウォルズ蒸溜所オーナーのダニエル・ゾーだ。メイン写真は、ロンドン産の原料から独自のライウイスキーを生産するイーストロンドンリカーカンパニー。

これがまさに、イングリッシュウイスキー協会(仮称)の第1回会議に出席した16社のウイスキーメーカーに突きつけられた課題だった。会議の開催を呼びかけたダニエル・ゾー(コッツウォルズ蒸溜所オーナー)が語る。

「意見が食い違うことよりも、同意できることのほうがはるかに多い会議でした。カテゴリーの定義を定めるために、全員が前向きに取り組んでいます。ウイスキーづくりの大半をイングランドでおこなうことが望ましいという点については、ほとんどのメンバーが同意しています。原料の穀物がイングランド産であるべきだと考える人もいれば、蒸溜がイングランドでおこなわれるのを条件にすべきだと考える人もいます。ほぼ全員が同意しているのは、他の地域でつくられた原酒を使用した場合はイングリッシュウイスキーを名乗れないという原則です」

水、穀物、酵母以外の原料は認めないという原則については、もちろん全員が同意している。だがその一方で、熟成に使用する樽のサイズや樽材の種類は実験的な試みを許容したい。そんな思惑について、ダニエル・ゾーは説明する。

「厳しすぎる規制を作ろうという欲求はまったくありません。その反対に、クリエイティブな能力を窒息させるような規制はやめようという強い意思を持っています」

目標は、イングリッシュウイスキーという定義の詳細を決めること。それをイングランドにあるすべての蒸溜所に適応させる必要がある。すでにボトリングされたウイスキーも許容し、クリエイティブな試みもできるだけ受け入れられるようにしたい。だが物議を醸しそうなほど実験的なウイスキーもあり、そんな急成長中のカテゴリーも保護できる内容にすべきかどうかが焦点になる。 レイクス蒸溜所のマーケティングディレクターを務めるカースティ・テイラーは語る。

「誰かが粗悪な商品を販売すれば、イングリッシュウイスキーの品質に関する評判はすぐに大きく落ち込んでしまいまうでしょう。この点については、みなさんがとても楽観的に語りあっているようです。でも私は、そんな楽観論をナイーブじゃないかと感じています。 イングリッシュウイスキーの品質をコントロールする規制がなかったせいで、誰かがひどい商品を世に出してしまったら業界全体が悪評の影響を受けてしまいますから」
 

自由と品質を両立するためのルール作り

 
イングリッシュウイスキーの歴史は、まだ始まったばかりだ。誕生して7年にも満たないカテゴリーを定義する法整備について、楽観的な見方が出てくるのも無理はないだろう。ウイスキー愛好家のなかでは、イングリッシュウイスキーのカテゴリーを意識する人も増えている。だがそれ以外の一般消費者のなかには、ウイスキーがスコットランド、アイルランド、アメリカ以外でつくられていることさえ知らない人も多い。ロンドンのビンバー蒸溜所でコミュニケーションズマネージャーを務めるマット・マッケイが語る。

インド出身のダヴァル・ガンディーが辣腕を振るうレイクス蒸溜所。シェリー樽熟成を基本としながら、さまざまなタイプの樽を使用した重層的なフレーバーのシングルモルトやブレンデッドウイスキーをつくっている。

「イングランドでつくられるウイスキーについて、認知度や評価はまだ圧倒的に低いのが現状です。ウイスキー愛好家の間ではカテゴリーへの関心が急速に高まっていますが、我々が力を合わせてやるべき仕事はまだまだたくさんあります。今はシンプルにイングリッシュウイスキーというカテゴリーを知ってもらい、イングランドがウイスキーの生産地としてもトップクラスであることを訴えていかなければなりません」


イングランドのウイスキーメーカーは、一般的な「ニューワールドウイスキー」というカテゴリーの一部として扱われがちだ。このカテゴリーは、カバランなどのトップブランドの成功によって注目が高まっている。だが世界のウイスキー地図にイングリッシュウイスキーを載せるため、やらなければならないことがある。ダニエル・ゾーは、イングランドの全ウイスキー生産者が協力しあいながら、共通の目標を見据える必要があると説明する。

「オンライン会議で話し合った大きなポイントが2つあります。ひとつはイングリッシュウイスキーの定義や呼称の保護レベルについて合意を形成すること。もうひとつは、その後にカテゴリー全体の知名度を高めるためのプロモーション活動についてです。それぞれのメンバーがこの活動に力を投じることで、最終的には自分の利益となって返ってきます。個別に活動するより、一緒に力を合わせたほうが効率よくできるのですから」

公式なイングリッシュウイスキーの業界団体を組織する作業は複雑だ。約25社の潜在的なステークホルダーにはそれぞれの思惑があり、まだまだ議論を重ねなければならない。新型コロナウイルス対策の問題も頭が痛い。それでもダニエル・ゾーは、 2021年の聖ジョージの日までに、組織の大枠が固まっていくのではないかという期待を抱いている。

「これから何十年もかけ、世代をまたいで続いていくカテゴリーが、今まさに始まったところ。そんなワクワクした気持ちがいちばん大きいんです。みな突然のように話題のカテゴリーに位置づけられ、プレイヤーとしてムーブメントを巻き起こしていく立場なのですから」