スコットランドよりも蒸溜所が多い欧州の国。ドイツでニューワールドウイスキーの最前線を旅する3回シリーズ。

文:ハリー・ブレナン

 

ウイスキーの生産地は世界で拡大している。ワールドウイスキーというカテゴリーは、もうだいぶ以前から飽和状態だ。そんな国のひとつに、あのドイツも含まれる。

ジャーマンウイスキーは、ほとんどウイスキーファンの話題に上ることがない。これはとても不思議なことだ。なぜなら147軒のウイスキー蒸溜所があるスコットランドと比べても、ドイツの200〜230軒という数字は明らかに多い。ドイツにある蒸溜所の正確な総数には諸説あり、誰も全体を把握できないほどの規模と多様性を誇っている。

ドイツでウイスキーを生産している蒸溜所は、2019年の時点で200軒を超えていたとされる。これはドイツウイスキー生産者協会(VDW)の公式見解だ。このVDW会長を務めるミヒャエラ・ハベルは、ドイツで最初期にウイスキーをつくり始めた先駆者の一人である。

ジャーマンウイスキーを代表するメーカーのひとつがハベル蒸溜所。北ドイツの鉱山跡にあり、熟成の早さから6年もののウイスキーを定番化している。

そんなミヒャエラ・ハベルでさえも、「ドイツにはびっくりするくらいウイスキー蒸溜所が増えた」と言う。ウイスキーマップの制作で知られるドイツのアルバ・コレクションは、約200軒の蒸溜所を掲載したドイツの地図を販売している。

それほどの活況なのに、英国の著名なウイスキー関連のウェブサイトには「ドイツはウイスキーをつくっているのか?」という質問が2022年になっても寄せられていた。一方で英国の新聞『テレグラフ』は、2023年にドイツを「スコットランドをウイスキー生産者で上回る驚くべき欧州の国」と表現している。

そもそもビール王国のドイツは、大麦モルトの生産が盛んだった。ドイツのホルスタイン社やカール社は、高性能な蒸溜器を製造して世界中の蒸溜所で使用されている。ウイスキーとは無関係の国というイメージは最初から間違っているのだ。

その多様性にもかかわらず、ドイツ産ウイスキーの生産量は決して多いとはいえない。ドイツ初のモルトウイスキー専業蒸溜所であるシュリアス蒸溜所の年間生産量は約8万5,000リットル。ウイスキー専業メーカーであるヘルシーニアン・ディスティリング・カンパニーでさえ年間3万5000リットルである。

だが新しいメーカーには、規模が大きめの蒸溜所もある。ザンクト・キリアン蒸溜所は年間30万リットル。ドレスドナー・ウイスキー・マヌファクトゥアは、年間45万リットルだ。それでも世界5大ウイスキーの生産国に比べれば、個々の蒸溜所はまだまだ小規模だといえるだろう。

ドイツのウイスキー蒸溜所は多くが家族経営である。ハベル蒸溜所のような大手でも例外ではない。ルール地方の丘陵地帯にあるハベル蒸溜所は、ジャーマンウイスキー界を牽引する存在である。営業部長のイェンス・キューリングは、次のように語っている。

「私たちは自分たちのスタイル、つまり家族のスタイルを表現することに注力しています。同族経営の形態を捨てることは、今後もありません」

ウイスキー好きが高じて自身のウェブサイト(www.meinwhisky.com)を運営するウイスキーブロガーのペトラ・ミルデは、この同族経営こそがジャーマンウイスキーの強みだと考えている。

「ドイツ全土に、多くの小規模な個人経営の蒸溜所が点在しています。彼らの情熱は、ドイツのウイスキーファンにとっても誇りなのです」

また『ドイツのウイスキーガイド』(Whisky Guide Deutschland)の著者である評論家のハインフリート・タッケは、このような状況を作ったドイツ人の気質について次のように語っている。

「ドイツ人は自分が好きな事業に身を捧げ、それをきちんと実行します。一度やり始めたら、とことん細部にまでこだわることが大好きな人々ですから」
 

敬愛するスコッチとの違い

 
多くのドイツ人ウイスキー愛好家にとって、スコットランドはわかりやすい比較の対象だ。だがドイツとスコットランドには、蒸溜所の数以外にも多くの違いがある。例えば、熟成年数に対する考え方がかなり異なる。

シュナップスの有名メーカーであるシャイベルが、ウイスキー用の設備を導入して建設したシャイベル・ミューレ蒸溜所。水車小屋を改装した貯蔵庫では、さまざまな木材を使用した樽で熟成がおこなわれている。メイン写真もシャイベル・ミューレ蒸溜所の外観

シングルモルトウイスキーを商品化する際に、スコッチウイスキーは10年熟成や12年熟成をある種の非公式な基準に設定している場合も多い。ドイツにも、この基準を真似て10年や12年に照準を合わせている蒸溜所はある。しかしドイツでは、一般的にウイスキーの熟成がスコットランドよりも早い。

国土に広いドイツには、スコットランドと同様にもさまざまな気候があるが、全体的に気温が高く、季節の寒暖差が大きいために熟成が早まるのだ。

イェンス・キューリングは、ハベル蒸留所のウイスキーが独特な熟成プロセスを経る要因として気候を挙げている。同社で最も長い熟成年数(6年)のウイスキーは、湿度を管理された倉庫内で熟成が進む。

またヘルシーニアンは貯蔵庫の換気にも気を配り、天使の分け前として消失するアルコール成分を法律で定められた範囲に抑えている。どちらの蒸溜所も、同じ熟成年数のスコッチより熟成年数が長く感じられるような味わいのシングルモルトになっている。

さまざまなアプローチの違いも考慮しなければならない。ドイツの蒸溜酒といえばシュナップスが有名だが、その代表的な蒸溜所のひとつであるシャイベル蒸溜所が、小規模なウイスキー蒸溜所「シャイベル・ミューレ蒸溜所」でウイスキーづくりに参入した。

このシングルモルトは、元々が水車小屋だった建物で熟成されている。スコットランドのダンネージ式貯蔵庫よりも、ケンタッキーバーボンの貯蔵庫(リックハウス)のような熟成効果をもたらす環境だ。年々高温になっていく3つの部屋で、ドイツ産、フランス産、アメリカ産のオーク材で組み上げられた樽がウイスキーに力強い風味を与えている。
(つづく)