違いをもたらす ― インバーゴードン蒸溜所 【前半/全2回】

June 9, 2014

最近話題を集めるホワイト&マッカイ社が誇るグレーン蒸溜所、インバーゴードン。創業当時からの足跡を辿る。

スコットランドの港町インバーゴードンにあるスコットランド最北のグレーンウイスキー蒸溜所インバーゴードンが1961年7月に生産を始めたとき、当初の見通しは決して良くはなかった。
ヨークシャー生まれの作家でウイスキーを扱う徴税官だった故アーバイン・バターフィールドはここを根城にしていたが、当時のスチルマンは 元パン屋の配達人で、蒸溜の経験など全くなかったと思い起こしている。

10年前、『The Whisky Men』(WMJ註:スチルマンから樽職人、蒸溜所オーナー、徴税官、密造業者に至るまで全てを取材した本)の出版のためにインタビューを受けたバターフィールドはこう語っている。
「最初の蒸溜が始まったとき、プラント全体が狂ったように揺れ動いた。心配したスチルマンは、どこがおかしいのだろうと私に尋ねた。私は言ってやったよ。『それは分からないが、とにかく行ってみるしかない。明らかに何かが間違っている…できたばかりの蒸溜所が吹っ飛んじまう!』と」

スチルマンはスチルを停止し、結局、給水タンクの中のボールタップがすっかり錆び付いていたために水が全く来ていなかったことが判明した。それから、パイプのひとつが少し曲がっていることも分かり、スチルを停止したときには明らかに蒸溜塔全体がバックリング(座屈)・内破する寸前だった。

しかし、インバーゴードン ・ディスティラーズ社が設立したこの蒸溜所は初期のこういった困難をくぐり抜け、評判の高いグレーンスピリッツを半世紀以上にわたって静かに、大量に生産し続けてきた。
1963年には、最初のコラムスチルに新たに2基が加わって生産能力が大幅に増大、その2年後には当時の流行にならって、既存のグレーン蒸溜所内にモルト蒸溜設備が設置された。
ベンウィヴィスと名付けられたこのプラントは、鋳鉄製ウォッシュバック6基と10,000リットルのポットスチル2基を装備し、1977年に停止・解体されるまでブレンディング用のモルト原酒を生産した。翌年、「ニュートラルグレーンスピリッツ」生産用に4基目のコラムスチルが設置されたが、現在は稼働しておらず、グレーンウイスキースチル1基だけが元の場所に残っている。

インバーゴードンの所有権は1981年に航空機メーカーのホーカー・シドレー社に渡り、その7年後にはクリス・グレイグ博士がMBO(マネージメントバイアウト)を主導。1993年にホワイト&マッカイ社との激しい乗っ取り合戦に敗北するまで采配を振るった。
マスターブレンダーのリチャード・パターソンによると、「ホワイト&マッカイ社がインバーゴードン蒸溜所を買う大きな理由のひとつは、グレーン蒸溜所を手に入れるためでした。この蒸溜所を得たことで、当社の独立性が強化されました」

しかし理論的には、スコットランドにあるグレーン蒸溜所の分布を見れば誰もが、過去も現在も含めて他の蒸溜所と比較したインバーゴードンの位置にきっと首を傾げるだろう。人口もブレンディングやボトリングの施設も多いセントラル・ベルト地域に比較的近いことは理論的な必須条件とも言えるが、インバーゴードンはインバネスの北25マイル、そしてホワイト&マッカイ社のグラスゴー本社からは200マイル近く離れている。

この蒸溜所が比較的僻地にあるという事情の背後には、こんな理由がある。
1950年代以降、ハイランド地域は深刻な過疎化が進んでいた。そこで政府・省庁が、ハイランド地域での雇用促進に前向きな会社や事業を始めたいという会社に寛大な奨励金を提供していたのである。
それで海軍基地のあった歴史的な港町インバーゴードンはグレーン蒸溜所を獲得し、安価で大量の水と比較的容易な廃液棄却場所を提供することになった。

インバーゴードン蒸溜所は、西に2マイルほど離れたホワイト&マッカイ社の看板蒸溜所ダルモアと興味深い対照を成している。
ダルモアにはここ数年、一般のビジターにアピールするために相当な資金が投じられたが、インバーゴードンは効率第一の蒸溜所でビジターも受け入れていないため、必要以上に美しい装いをすることもない。
規模という違いもある。ダルモアは能力一杯に稼働すれば年間370万リットルのスピリッツを生産できるが、インバーゴードンの最大処理能力は3,600万リットルとほぼ10倍だ。
生産ディレクターのイアン・マッキーはこう語る。
「ここは120エーカーの広さがあり、主として貯蔵部門ですが100人の従業員が働いています。独自のクーパレッジとラボもあります」

【後半に続く】

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