入社1年でアメリカへ赴任し、未経験のワインづくりに没頭した6年間。帰国後はブレンダーとしての経験を積むが、再びアメリカで新しいチャレンジの時がやってきた。

文:WMJ
写真:チュ・チュンヨン

 

カリフォルニアから帰国した田中城太氏は、キリン・シーグラムの開発チームに配属された。御殿場工場でキリンワインの商品開発を始め、やがてスピリッツやウイスキーに接する機会も増えていく。マーケティング部での輸入ワインのブランド担当やチューハイの開発などを経てブレンダーとしての実績を重ね、キリンのプレミアムウイスキー「エバモア」のブレンドも担当した。

そんなとき、社内である噂が耳に入った。キリンビールがフォアローゼズを買収し、現地のケンタッキーに派遣する技術者を探しているという。

ホール・オブ・フェイムの表彰式で、ジャパニーズウイスキーの魅力について熱弁する田中城太氏。式典の前後には世界の友人たちとも再会した。(写真提供:Whisky Magazine)

「フォアローゼズは、大学時代から好んで飲んでいたバーボンなんです。キリンの技術者に求められている業務は、原酒管理、品質管理、商品開発。つまりブレンダーの仕事だから、候補者は自分を含めて数人しかいないとわかりました」

またアメリカに行けるかもしれない。そんな期待に胸は高ぶる。上司に「行かせてください」と直訴すると、ほどなく二度目の渡米が決定した。

「結局、手を上げた人は他にいなかったようです。本当にラッキーでしたね」

そして2002年2月14日、新しい職場となるケンタッキーに到着。ちょうどバレンタインデーだったので、赴任地のフォアローゼズ蒸溜所には赤いバラの花束を持参した。

だがスピリット・オブ・アメリカと呼ばれるバーボンの世界だ。新参の日本人が乗り込んで製造計画や中味に口を出すと、当然のように衝突もある。信用を勝ち取るため、まずは自分の本気度とスキルを証明しなければならない。意見の相違も認め合いながら、喧々諤々の議論が毎日のように続いた。

フォアローゼズ蒸溜所は、バーボン原酒の蒸留と熟成をおこなう製造拠点。しかしブレンドや製造計画を立案していたのはシーグラム社ブレンダーの本拠地であるカナダのモントリオールだったので、毎月のように出張でモントリオールに飛んだ。瓶詰工場は、ケンタッキーの北隣りの州、インディアナにあったので、そこにも毎月のように車で通い、アメリカ流の品質管理を学ぶ。北米大陸各地を駆け回り、統合業務を2年がかりでやり遂げた。

「フォアローゼズで学んだのは、仕事に対する情熱です。従業員たちは誰もが誇りをもって、フォアローゼズのバラの紋章を付けながら仕事をしている。そんな熱血漢の代表が、ミスター・フォアローゼズとも呼ばれていたマスターディスティラーのジム・ラトリッジでした。彼に『ジョータ、お前は俺と同じタイプだな』と言われたときは、何だか嬉しかったですね」
 

世界の仲間たちから学んだ独自のスタイル

 
ケンタッキーを拠点にしながらバーボン業界の仲間を増やし、カナディアンウイスキーのノウハウも知った。ヨーロッパでは、提携するシーバス・ブラザーズ関連の人脈もできた。赴任前は知らなかった世界のウイスキー事情が、眼前に開けてくるようだった。

生み出す原酒の多様性では、日本随一を誇る富士御殿場蒸溜所。自由度の高いブレンドが、ジャパニーズウイスキーの新境地を切り開いてゆく。

すっかり蒸溜所チームの一員となり、当時のフォアローゼズ社長からは永住を推奨されるまでに。しかしキリン・シーグラムが国内のウイスキー事業を強化するため、帰国の時がやってくる。フォアローゼズ蒸溜所には、結局40歳から47歳の7年間在籍した。赴任日と離任日が刻印された記念のバレルヘッドは、一生の宝物だ。

「旧シーグラム・グループの出身者は、今でもファミリーのような感覚で接してくれます。そんなとき、自分には世界中に仲間がいるのだという実感に胸が熱くなります。物怖じせず、意見をぶつけあってきたからこそ信頼が生まれました。ウイスキーの製造だけでなく、マーケティング分野にも情熱家は大勢います。彼らがいるから、この仕事はやめられないんですよ」

もともとはキリン・シーグラムの御殿場工場ということもあり、富士御殿場蒸溜所から生み出されるキリンのウイスキーはアメリカとカナダにもゆかりが深い。ブレンデッドウイスキーに、スコッチタイプとは明らかに異なるボディと甘味が備わっている所以だ。取り扱いが難しいライ麦も使用し、フローラルでフルーティな酒質に独特のスパイシーさが加わっている。

「樽熟成の主役は、フォアローゼズを熟成したバーボンバレルです。キリンのウイスキーが華やかなのは、シーグラムが原料レベルからクリーンな酒質を厳しく求めているから。一部でバーボンの特徴だと勘違いされているトウモロコシのカビ臭も、シーグラムのウイスキーには一切存在しません」

富士御殿場蒸溜所には、モルト原酒の他にバーボンスタイル、カナディアンスタイル、スコッチスタイルのグレーン原酒がある。ユニークな原酒を独自に蒸留し、商品コンセプトに沿って自由度の高いブレンドができるのは大きな強みだ。このように多彩な原酒を扱い、仕込みからボトリングまで同じ敷地内で完結できる蒸溜所は世界でも珍しい。
(つづく)