ケンタッキーと新たな時代へ【第1回/全3回】
恒例のフェスティバルとバーボン歴史月間を目前にした米国ケンタッキー州。業界の代表者にバーボンブームの現状を問う3回シリーズ。
文:マギー・キンバール
バーボンと呼ばれるウイスキーは、アメリカ国内ならどこででも製造できる。それでもやはりバーボンの中心地はケンタッキー州であり、多くのケンタッキー州民はケンタッキーバーボンに誇りを持っている。他州で製造されたアメリカンバーボンとは、一線を画しているという自負のようなものだ。
ケンタッキーバーボン業界は、年間54億ドル(約8,500億円)相当の設備投資がおこなわれている最中だ。新しい蒸溜所、リックハウス(貯蔵庫)、ビジターセンターなどの建設や改修が進行している。この投資額のうち、少なくとも1億9400万ドル(約300億円)が、ビジター体験の増強に充てられているという。
このような急成長の陰で、気になる数字もある。今年3月に発表された米国ワイン・スピリッツ卸売業者協会のレポートによると、ストレートウイスキーの売上は前年比で2.7%減少した。業界の専門家が、以前から警告していた事態だ。
コロナ禍でバーやレストランの営業ができなくなって以来、すべてのアルコール飲料(特にストレートウイスキー)は主に酒販店で購入されるようになった。そのため小売店での売上は、前年比の市場成長率から予想される売上をはるかに上回って急増。これが再びもとの生活に戻れば、コロナ禍が起こらなかった場合の予想値まで収縮するだろうと業界のアナリストたちが予測していた通りだ。
米国スピリッツ協会によると、アメリカンウイスキーの輸出市場は全国で14億ドル(約2,200億円)。依然として驚異的な規模だ。ケンタッキー蒸溜酒造協会の2023年経済効果報告書によれば、そのうちの5億ドル(約780億円)はケンタッキー州からもたらされたものだという。もちろんこれは輸出額なので、さらに米国内での売上も加わることになる。
もうひとつの懸念は、熟成済みウイスキーの供給量が減少していることである。カンパリグループが米国ブランド全体の売上高を0.4%減少させたため、傘下のワイルドターキーも成長が停滞しているとみなされた。だがこの低迷の主な要因は、製品の供給力が低下したことにある。特に海外市場では、需要に見合うだけの熟成済みウイスキーが供給できず注文が捌ききれていない。
この事態を見たワイルドターキーは、年間500万プルーフガロンのウイスキーを追加生産する新しい蒸溜所の建設に着工した。アンダーソン郡にある新工場全体で、年間1,400万プルーフガロン(5,300万リットル)の増産となる予定だ。ただし設備が完成するまでにはまだ数年かかり、熟成済みのウイスキーが入手できるまでにはさらに数年を要する。
原酒不足に業界全体で対応中
長年にわたって、ケンタッキーバーボン業界の成長を阻んできたボトルネックは原酒不足だった。ケンタッキー州内のマスターディスティラーたちは、10年前から今日の製品不足を警告し始めていた。増大する需要に対応するため、製品から熟成年数の表記が削除されるようになった。一時はメーカーズマークが需要に追いつくために主力製品のプルーフを下げようと画策し、これが世論の反発を招いたこともあった。その後、メーカーズマークは生産能力を4倍に増やしている。
だが現在のケンタッキー州では、いくら生産能力を増やしても足りそうにない。最近になって稼働を開始したウイスキー・ハウス・オブ・ケンタッキーは、この供給不足に応えた生産拠点である。つまり自社ブランドを持たず、契約蒸溜の需要に応える業態だ。
顧客である他のウイスキーブランドのため、ウイスキー・ハウス・オブ・ケンタッキーは世界で最も技術的に進んだ蒸溜所設備を顧客ごとにカスタマイズする。製造と熟成のあらゆる部分が綿密にモニタリングされ、将来の分析のためにデータが記録される。
ウイスキー・ハウス・オブ・ケンタッキーと提携する生産者は、自前の蒸溜所を保有する必要がない。そして以前ならマスターディスティラーや原酒管理の担当者しか知り得なかった膨大なデータにもアクセスできるようになるだろう。
まもなく生産を開始する蒸溜所は、他にもある。そのひとつはケンタッキー州最大級の新設蒸溜所となるガラード・カウンティ・ディスティリング。建設地は禁酒法主義者として有名なキャリー・ネーションの生まれ故郷だ。
またケンタッキー・ピアレス蒸溜所のマスターディスティラーを務めたケイレブ・キルバーンとCOOのコーデル・ローレンスは、ケンタッキー州東部のローワン郡に1億4370万ドル(約225億円)を投じてイースタン・ライト・ディスティリングという新しい蒸溜所を建設中だ。
ケンタッキー州で最も期待されている建設プロジェクトのひとつが、メーカーズマークの元マスター・ディスティラーであるデニー・ポッターと元ブレンディング&イノベーション責任者のジェーン・ボウイが設立したポッター・ジェーン蒸溜所だ。
この蒸溜所は、バーボン生産の中心地バーズタウンから30kmほど離れたワシントン郡スプリングフィールドで建設が進められている。敷地153エーカーに総工費5000万ドル(約78億)をかけて建物を建設し、ヴェンドーム・コッパー&ブラスワークス社製のコラムスチル(36インチ)が設置される。最終的には15棟のリックハウス(貯蔵庫)も建設される予定だ。操業開始は2025年1月の見込みで、年間45,000バレルのウイスキーが生産される予定だ。
(つづく)