ケンタッキー州の蒸溜所は現在100軒以上あるが、まだ需要の増大に追いついていない。近年の驚くべき変化について、ケンタッキー蒸溜酒造協会のエリック・グレゴリー会長と語り合う。

文:マギー・キンバール

 

ケンタッキー州のすべての蒸溜所が、ケンタッキー蒸溜酒造協会(KDA)に加盟しているわけではない。同協会が2023年に発表した経済効果報告書によると、ケンタッキー州には84社が運営する100軒以上の蒸溜所がある。そのうち協会員は65社で、蒸溜所は85カ所だ。この会員数は、共にKDA史上最多の数字だとエリック・グレゴリー会長は言う。

「もちろん協会の記録は禁酒法以降のもので、禁酒法以前には何百軒もの蒸溜所がありました。それでも今ほど大量のスピリッツを生産していたとは思えません。ジェイコブ・コールがケンタッキー州西部に新設したウェスタン・ケンタッキー・ディスティリングから、カンバーランド郡にあるサザン・ケンタッキー・ディスティリングのウィンザー蒸溜所まで、新しい生産拠点も増えています」

ケンタッキー州のバーボン観光で人気を集めるブランドのひとつはワイルドターキー(メイン写真も)。バーボントレイルと呼ばれるルートに沿って、さまざまな蒸溜所を訪ね歩く観光客も多い。

あの禁酒の伝統が根強いカンバーランド郡で、ウイスキーがつくられるようになるとは思ってもみなかったとグレゴリー会長は驚いてみせる。

「このような新しい蒸溜所は、ほとんどがクラフトディスティラリーです。今ではケンタッキー州の120郡のうち42の郡に蒸溜所があります。私が協会を作った17年前は、7つの郡に6軒の蒸溜所しかなかったので、これはびっくりするくらいの変化ですよ」

マリオン郡では、ジェファーソンズが大規模な新しい蒸溜所も建設中なのだとグレゴリー会長は言う。

「ケンタッキーのバーボン業界は、54億ドル(約8,500億円)に及ぶ設備投資の最中。そのうちの35億ドル(約5,500億円)は今後2〜3年のうちに使われる予定です。レンガ、モルタル、鉄骨、コンクリートがたくさん必要になります。約10億ドル(約1,500億円)は、増産対応の貯蔵庫新設に充てられます。そして約2億ドル(300億円)は観光業への投資です。ケンタッキー・バーボン・トレイルとケンタッキー・クラフト・トレイルに加盟している蒸溜所は、大挙して訪れる観光客に対応するため、今でも観光面への投資を続けているのです」

このようなウイスキー観光は、蒸溜所が立地する小さなコミュニティに大きな利益をもたらしているのだとグレゴリー会長は説明する。観光客の年齢層は若く、世帯収入が高めで(平均年収13万ドル)、平均よりも長期間の滞在を予約する傾向があるようだ。

「協会の活動を2008年に始めたとき、みなさんが電話で『蒸溜所の見学は可能ですか?』『もっと詳しく知りたいのですが』といった問い合わせを寄せてくれました。そこで協会のウェブサイトには各蒸溜所の基本情報やビジター向けのツアー情報も掲載したものです。その翌年、カーナビにメーカーズマークの住所を打ち込んだら、トウモロコシ畑に連れて行かれたこともありました。それでコンピューターを持って車に乗り込み、すべての蒸溜所への道順を確認したんです」
 

進化するバーボントレイル

 
観光客の増加により、ホスピタリティなどの現地サービスに対する需要が高まっている。最近ではウイスキーバーを備えた高級ホテルを知りたがる人がいたり、特定の地域でのおすすめアクティビティや短い休暇を最大限に活用するための旅行日程についてアドバイスを求める観光客も増えている。

リピーターが増えてくるにつれて、観光客が新しい体験を求める傾向も強まってきた。かつては主に酒屋や食料品チェーンが提供していたプライベート・バレル・セレクションは、友人同士で出かける休暇の目的地になりつつある。特に大量のボトルで記念日を祝いたい人たちがいるのだ。

ポッター・ジェーン蒸溜所を設立した元メーカーズマークのデニー・ポッター(マスター・ディスティラー、右)とジェーン・ボウイ(ブレンディング&イノベーション責任者、左)。蒸溜所はワシントン郡スプリングフィールドにあり、観光客にとっても新しい目的地になる。

グレゴリー会長によれば、プライベート・バレル・セレクションを提供する業者が、州のアルコール飲料販売規制委員会から適切な販売許可を得ているかどうかを確認するために苦労したようである。

プライベート・セレクションのために、個人用の原酒をバレル単位で確保しておく蒸溜所は増えている。このようなコアなファン層にも変化は訪れようとしているのだとグレゴリー会長は言う。

「みなさんは本物のウイスキー体験を求めています。自分の樽を試飲したり、ボトルに名前を入れてプレゼントしたり、友人と楽しんだりできるようになりました。バーボン・アフェアで提供していたような少樽を使ったプライベート・セレクションや、セミナーのようなイベントを通してグループでプライベート・セレクションが楽しめる機会も増えてくると思います」

グレゴリー会長によれば、サステナビリティへの取り組みも観光客を引きつける要因のひとつになっている。環境問題に敏感な観光客は、これまで以上に深い体験を望んでいる傾向もあるという。

「他社ブランドとの違いや、サステナブルな取り組みへの真剣度について知りたがる人は増えてきました。このような層は、典型的な工場見学や試飲とは異なる経験も求めているのです。生産の舞台裏について詳しく学べるツアーや、食事付きで最後に特別な試飲ができるようなユニークでレアな体験を期待しています」

グレゴリー会長は、とりあえず蒸溜所に足を運んでからビジターツアーのチケットを買う時代はとっくに終わったと考えている。コロナ禍の最中、各社の蒸溜所ではチケットの販売を制限していた。そして観光業が回復し、通常の規模のツアーが再びできるようになると、訪問者が急増して、ケンタッキー州のすべての蒸溜所ツアーが6ヶ月前から予約でいっぱいになった。この傾向は、今も止まる気配がないとグレゴリー会長は言う。

「ナパヴァレーにとりあえず飛行機で飛んでも、行き当たりばったりでワイナリーのツアーには参加できないでしょう。ウイスキーでも同じ状況が起こっているのです。だから事前に計画を立てて、やりたいことをしっかり楽しんでいただきたい。以前は、ウイスキーのボトルを取り置きして欲しいという電話が多かったのですが、今では『メーカーズマークの土曜日の2時からのツアーのチケットを4枚確保して欲しい』といった要望が大半。ケンタッキー・バーボン・トレイルも25周年を迎えて進化しているんです」
(つづく)